無所属の東村山市議会議員・佐藤まさたかです。市議としての活動、考え、こぼれ話、余談、雑感…。実感ある発信を続けていきたいと思っています。
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フリージャーナリストの長井健司さんがミャンマーで取材中に射殺された。その瞬間をとらえた映像は本当にショッキングなもので、息をのみ、涙がこみ上げてきた。
長井さんという方の存在は以前APF通信社サイトで知った。
今回の訃報に際しAPF通信社代表としてインタビューに答えている山路徹さんとは、10年ほど前に日野の社会教育の仕事を通じて出会い、3回ほどお話を伺った事があるだけに、尚一層悲しい。
「誰も行かないから、自分が行くんです。」
その時も、山路さんはそう語っていた。
山路さんにとって長井さんは、まさに盟友だったようだ。
今回、長井さんについて長年の友人や仕事仲間の方たちが異口同音に語っていること。それは「本当にやさしい人だった」「人への温かい思いのある人だった」ということ。
長井さんは、人権を抑圧するような事態が起きると、怒りをもって現地へ飛んだそうだ。しかし我勝ちに取材に走ったりすることなく、そこに暮らす人たちの中に入っていき、静かに、丁寧にカメラを回し続けたという。タイのHIV問題等も追い続けていた。

山路さんは以前、ボスニア紛争の只中にいた時のことをこう話してくれた。
「日本では100%民族紛争だと伝えられていたけれど、実際に中に入ってみると全然違うことがわかった。
全く別の目的のため、民族紛争に仕立て上げていった者がいる。突然の爆撃で亡くなった方の死を、様々な民族の隣人たちはそれまでと変わらず共に涙し、弔っていた。」
「「正義」という名の虐殺 恐るべき国連軍の真相」 「真実の紛争地帯 マスコミが伝えられない裏側を暴く!!」 等の著書がある山路さんだが、「危険なところには行かせられない」という大手TV局社員時代の方針に異を唱えて退社し、フリー、そしてAPF通信社を設立したそうだ。

ボスニアもゴラン高原もアフガンもイラクも、そしてミャンマーも、真実を伝えようという一心で現場へ入っているフリーのジャーナリストたちによって、私たちは辛うじて大本営発表だけではない真実の一端に触れることができているという現実を、長井さんの死で改めて感じる。
「こういうことで取材が鈍ることは、長井が一番好まないと思う。」山路さんがそう語っていた。
命の重さを誰よりも知っていた人の命が奪われた悲しさ。
心よりのご冥福を祈りたい。


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【2007/09/30 23:14】 | もろもろ
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