無所属の東村山市議会議員・佐藤まさたかです。市議としての活動、考え、こぼれ話、余談、雑感…。実感ある発信を続けていきたいと思っています。
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先日、保育所職員時代に出会った、あるファミリーを訪ねました。

初めて出会ったのは数年前。事情を詳しく書くことはできませんが、DVから逃げのび、たまたま降り立った東村山という街で、お母さんと3人の子どもたちは懸命に毎日を生きてきました。
山あり谷あり、いや谷の方がずっと多かったのでしょうけれど、「私たちはほんとに人に恵まれていました」と今は笑顔で語るお母さん。
久しぶりに会った私を見下ろすほど大きく育った二人の息子も、曲ったことが大きらいでいつも全力投球で頑張って来たお姉ちゃんも、みんなそれなりに生意気に、とってもいい感じに成長。引っ張り出してきた昔の写真を眺めては大笑いしながら、楽しい時間はあっという間に過ぎて行きました。


そんな彼女(お母さん)が、あるとき出会った若い彼。

当時を思い返してみても、日々かなり複雑なケースとも向き合っている保育所といえども、笑顔で賛同する人は多くはなかったように思います。かく言う私も、決して温かな眼差しで接していたとは言えません。

しかし久しぶりに、いや、今回初めて、まだまだ若い彼としっかり話し込んでみて、彼自身が、彼女の最良のパートナーに、そして3人の子どもたちの親にならんと、真剣に、懸命に生きてきたことを知り、心底驚き、心動かされました。

「村上先生はお元気でしょうか?」彼がそう尋ねます。
意外な問いに、どうして?と尋ねると、意外なエピソードを語ってくれました。
当時まだ20代半ばだった彼が、トラブルに巻き込まれた長女のため、通っていた中学校へ親代わりで出向いたのだとか。村上校長先生は一切の色眼鏡なしに親身になって向き合ってくれたんです。今でも本当に感謝しています、としみじみ語る彼。

あの人、この人、と支えてくれた人たちの話を事細かに語ってくれる二人。

難しい年頃を迎えた子どもたちが屈託なく彼を信頼し切っている様子に、越えて来たであろう多くの難所を思いました。

他市で新たなスタートを切った5人。
あんまり頑張りすぎないようにね、と言い残すことくらいしかできませんでしたが、私自身が新たなエネルギーをもらって帰路に着きました。



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【2008/01/31 23:54】 | もろもろ
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待機児童とは、保育園に入ることを希望していて、入る資格もあるけれど入れない、という状態の児童を指します。
今日現在でも待機を余儀なくされている方は100名前後おり、切実な状況におかれていることも事実です。

東村山市ではこの数年、保育問題をめぐって大変な混乱が続いていますが、その入り口にあったのは、一刻も早く待機児童を減らす、という大きな課題でした。
数年前のピーク時には300名を数え、厚生省(現厚生労働省)から名指しで指摘されたこともありました。
当時の議会議事録を紐解いても、待機児解消についての質問がされない議会は殆どなかったことがわかります。

「とにかく待機児を減らしたい」。
東村山市は他市以上に追い詰められていました。
そんな東村山市にとって、厚生省が「待機児解消」を目的に平成12年3月30日に出した「295号通知」は、大きな転機となりました。
それまでは原則として公立か社会福祉法人立しか認められていなかった認可保育所の運営主体が、「一定の条件のもと」、株式会社やNPO等も可となったのです。

この改正を受け、初の株式会社立「わくわく保育園」が市内久米川町に開園したのは、13年9月1日のこと。
他の自治体がまだ慎重な対応に終始していた頃ですので、いち早く、という印象があります。それだけ切羽詰っていた、ということだったのだろうと思います。

議会や市の保健福祉協議会「児童育成計画推進部会」でも取り上げられ、一定の協議・検討が行われて開園にこぎつけたのですが、後で考えると、このシフトチェンジは極めて重大なものでした。
それゆえに、この段階で将来のことも見据えつつ、もう少し慎重で丁寧な議論や、ルールの整理がなされるべきではなかったのかと、その後に発生した大問題のただ中で感じます。


野口町にある大善院の前の借家に、「りんごっこ保育室」という小さな無認可保育所が開設されたのは、平成12年が13年にかわる頃のことでした。(続く)




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【2008/01/30 23:57】 | 未分類
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昨夜、ある集まりがありました。

年齢も、人生の歩み方も、社会的な立場も、思想信条も…酒の好みも…みんなそれぞれ。
初めて顔を合わせた同士も少なくなく。

でも、互いの言葉に耳を傾け、思いを感じ合い、酌み交わし…。

今までがあったから今があり、明日があり。

新たな元気と勇気が湧いてくる夜でした。




【2008/01/27 12:13】 | もろもろ
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人は、成長しますね
akikenyou
お久しぶりです。
この集まりは、私にとって空白を埋めるに価する時間でした。
顔触れも、随分変わったな…と言うのも実感でした。でもそれは、新しい方々と意見や酒を酌み交わし、自分にとっても+に変換できるという、良い展開でもありました。

また、便利な世の中で携帯一つあれば、このブログも読めるとわかりました。
これからも、以前同様に微力ですが、応援できたらな…と思ってます。
宜しくお願いします!

タイトルの歌…私自身だけではなく、佐藤さんの応援歌としても、日々練習しております。

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昨日の請願裁判は5分で終わり、次回は3月12日(水)午後3時となりました。
今のところ準備書面のやり取りで、論点整理の段階のようです。ようです、というのも、私も薄井議員も、請願代表人を引き受けたばかりに被告にされた一市民・Kさんも、裁判なんて初めての経験。前回はどこに座っていいのかもわからずマゴマゴしてしまいました。
それに引きかえ矢野・朝木両議員の堂々たること。彼らにとっては実家みたいなものなのでしょう。さすが通い慣れているだけあって、落ち着き払った態度は見事です。

昨日も3時からの私たちとの裁判が終わると、彼らは同じ401号法廷で3時半から別の裁判。

法廷入口に貼り出されている予定表

矢野議員は自らが暮らす久米川東住宅の管理組合費を4年間滞納して組合から訴えられているそうですが、それ以前は組合を何件も訴えていたとのこと。
不幸にも巻き込まれた方たちはごく普通に生活を送る市民の方です。
りんごっこ保育園が市を相手取って起こしている(起こしてきたものも含め)裁判にもちゃんと関わっているようですし(園長と住所を同じくし、園の運営委員だそうで)、いったいいくつの裁判を抱えて日々を送っているのでしょう?

自らが出席義務を負っている日以外、矢野議員を議会フロアで見かけることはこの4年半、殆どありません。FM放送の要職にもあるようですし、りんごっこ保育園の運営に大きな影響を与える立場としてもイロイロ忙しいようですし…。
朝木議員は、たまに議会フロアロビーのコピー機で延々と膨大な数の書類をコピーしている姿をかなりの議員や職員が見かけています。このコピー機は、議員活動に資する、という条件付で市価より安い値段で使えるものですが。
いずれにしても、従来から彼らが主張している「議員は年間数十日しか仕事をしていないのだから報酬を下げるべき。日当制でもいい。」というのは自分たちの実感なのかもしれません。

昨日、裁判が終わって自宅に帰ってみると、ポストに郵便局の不在通知。
東京高等裁判所からの「特別送達」が来ているとのこと。
先ほど受け取りにいってきましたが、「証人呼出状」なるものでした。

矢野・朝木両議員が、昨春の市議選における佐藤の当選を取り消せ、と申し立てた件で、市選管に続いて都選管も却下したことは以前お伝えしましたが、それを不服として彼らは高裁に提訴しています。(「平成19年(行ケ)第40号 裁決取消事件」)
私が出廷を求められているのは3月21日(金)午後1時45分から、東京高裁第22民事部818号法廷です。

そういえば、昨日去り際に朝木議員が「佐藤さんのことを心配したら!」とかなんとか口にしていたのは、このことだったのかもしれません。

正直言って、今風に言えば「ウザイ」以外のなにものでもありませんが、なかなか行くこともないところでしょうから、きちんと準備して臨もうと思っています。

昨日は八王子の法廷で、薄井議員が「(朝木議員が起こした)人権侵害申立は却下されたんだから、セクハラ議員という表現はHPから削除してくださいよ」と求めたのに対し、朝木議員は「何が?」と答え、矢野議員は「まだまだこれからだ」と大きな声で言い放っていました。
何が「これから」でしょうか?言い掛かり同然のセクハラ問題をいつまで引きずるつもりなのでしょう?
薄井議員に向かって「セクハラ市議はあなたの代名詞だ!」と言い放った矢野氏。何人もが呆れ果てて聞いていました。どうしてこれほど失礼で低俗な言い方ができるのでしょうか?

彼らは、どんな手を使っても薄井さんと私を辞めさせたいようです。
そんなことばかりやっている彼らには怒りを通り越して悲哀すら感じますが、彼らも市民の皆さんの税金で動いているので、放っておくわけにもいきません。
東村山市民新聞159号によれば、4か月間で2人の収入合計(議員報酬)が317万2,640円。そのうち、裁判費用が36万円(11.35%)、市民新聞発行費用が120万円(37.82%)だそうです。

私も薄井さんも本業で大忙しですが、不当な攻撃に対しては一歩も引かずに対峙していきたいと思っています。




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【2008/01/24 16:11】 | 裁判日記
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No title
gun
>薄井議員に向かって「セクハラ市議はあなたの代名詞だ!」
と言い放った矢野氏。

 これが名誉毀損じゃないとしたら、法律は難し過ぎますね。

gunさんへ
佐藤まさたか
いつもコメントありがとうございます。

明らかな名誉毀損だと思いますよ。
彼らは自分達の名誉だけは特別なものだと思っているのかもしれませんが…。

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この冬初めての積雪

まだ積もりそうな気配ですね。
多摩湖町は市内でも一段と寒いようで、先日の朝も栄町や萩山では雨だったのに、こちらはうっすら。

昨日は、市と商工会共催による商工業者の皆さんに対する表彰式と、商工会主催の賀詞交換会があり、出席しました。
市内のお店や工務店などはどこも大変厳しい経営環境の中で頑張っておられますが、特に地元に根ざして長年働いてこられた方々に対する表彰には一段の拍手が起こりました。43年、56年といった職歴を刻んだ職人さんたちがまだまだいらっしゃるのですね。

毎年行われているコンテスト部門で受賞されたお店や、まちおこしブランド「里に八国」にもいくつかの商品が新たに認定されていました。
商工会でもいろいろな手立てを尽くして地元の商工業が元気に展開されるよう頑張っておられるようです。
一方で、その他の表彰の多くが、毎年ほぼ同じような顔ぶれであるのはどうしてなんだろう?と毎年思います。もっともっとたくさんの事業者の皆さんがいらっしゃるのではないかな、と思うのですが…。

賀詞交換会では、細渕前市長も挨拶に立っておられましたが…。
4選目を断念せざるを得なかった無念さからなのでしょうか…12年も市長を務めた方なのですから、もう少しおおらかにどっしりと構えられたらよいものを、と微笑ましく拝見しておりました。

さて、午後3時から、東京地裁八王子支部で例の請願裁判が開かれるので、被告として出向いてきます。

【2008/01/23 13:19】 | もろもろ
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矢野市議が発行人、朝木市議が編集長を名乗る「東村山市民新聞」159号が年末から年始にかけて市内に撒かれているようだ。私の住む多摩湖町にも今年に入ってからポスティングされた。
これを世に言う「新聞」だと思っている人は私の知る限りでは皆無で、「東村山市民新聞社発行」としてあるのに、法人格を有しているという話も聞いたことがない。
単なる政治宣伝ビラなのだから、その特異な書きっぷりも、あの夕刊紙やこの週刊誌も顔負けのタイトルも、普通の市民から見ればいささか食傷気味のようで、「放っておくのが一番」「即雑紙行きだよ」とみな笑う。私も同感。

ただ、平気で間違いを書く体質は何とかしてならないものなのだろうか。
今号の2面に、市から休業補償8割 佐藤「市議」口利き、という記事がある。
それによると、私が「市議の立場を利用」し、市道上で自転車に乗っていて怪我をして「骨折、入院、手術して一ヶ月仕事を休んだ」ある市民の「治療費に休業補償を加えた」補償として「142万円」を「市に負担させた」としている。
全く困った人たちだ。いったいどこをどう調べてこんな記事に仕立てるのだろうか?
「情報公開された公文書から判明した」というが、お二人はどんな公文書を手にしているのだろうか?というよりも、公開された公文書のどことどこを拾ったら、↑こんな記事になるのだろうか?

その事故は2005年4月26日午後7時半頃に野口町内で起き、市民が市道上を自転車で走行していた際に、道路上の集水ますとグレイチングの間(つまり道路上を横断する形で設置されたドブがあり、その蓋と道路の間に開いていた斜めの隙間)にタイヤが挟まり転倒、骨折、入院、手術した。
ここまでは確かに記事の通り。

しかし、それ以外は「意図的な誤報」だろうと思う。

事実はこうだ。

私が偶然駅前で彼に会ったのは、その事故が起きた年の暮れ、すっかり暗くなっている時間だった。
自分のニュースを駅頭で配っていたら、2年ほど前から顔見知りだった彼が西口の階段を下りてきた。ところが片足を引きずり気味に近寄ってくる。

「久しぶりだね。どうしたの?」と尋ねた私に、「どうしたの?じゃないですよ。でっかい怪我しちゃってさぁ。」と彼。
冷たい風が吹く中の立ち話で、半年前からのことを初めて聞く。
「で、仕事は?」
「ていよく首になっちゃって、秋になってやっと再就職したんだけど、足が痛くて満足に働けないから、またやんわりと辞めてくれと言われてるんですよ…。」
その時、彼の右足膝から下には、チタン製のボルト5本がまだ入っていた。

大柄で力のある彼は、介護施設で働く入浴介護を得意とする青年だった。
しかし、ほぼ暗くなっていた時間帯に、幅4mの路地を自転車で走行中、その勢いのまま道路の隙間に挟まって宙に浮き、次の瞬間、舗装路面に叩きつけられていた、という。近所の方が救急車を呼んでくださったのだが、最初に運ばれた病院では怪我の程度から適切な治療が無理と判断され、多摩西部の大きな病院に搬送された。
手術は数時間に及び、入院生活は3週間に及んだ。
怪我は、利き足である右足下腿骨の複雑骨折だった。
その後も松葉杖を離せない状態が8月末まで続き、通院を続けた。

事故当時に働いていた職場では正社員ではなかったため、事故から1ヵ月後に退職を促されてやむなく退職している。

9月に入り、生活のこともあって復帰を試みるがなかなか難しく、10月末にようやく介護施設に再就職。しかし、利き足が思うように動いてくれず、職場に迷惑をかけていると悩み、悶々とした日々が続いていた。

私が彼に会ったのは、そんな時だった。

私は尋ねた。
「市とはどんな話になってるの?」
「入院したときの治療費は払ってもらいました。」
「そうか。で、仕事をクビになっちゃって、休業補償とかはどうなってるの?」
「え?休業補償って何ですか?」
「いや、だって5月以降は全く収入がないんでしょ?」
「ええ、そうですけど、そんな話、聞いてません」

市は公道上の事故のために保険に入っているはずで、何らかの対応がされるはず。そこで私は、翌日初めて担当所管に連絡を入れた。

「休業補償の件は、保険会社からまだ伝えないように言われています。」
担当職員の方はそう言った。
「いや、でも事故は半年以上前だし、市道上の怪我が原因で10月末までは職に就けず、今だって足の不調でまた辞めなければならないかもしれないんですよ」
その言い方は少しきつかったかもしれない。これが彼らの言う「口利き」なのか?

この事故を通じて私も初めて知ったことがたくさんあった。
道路上の穴ぼこや段差、亀裂、橋梁やガードレールなどの劣化、電柱や標識が倒れたり、工事による車線減少表示が不十分だったり…、実に様々な原因によって事故は起きる。
もちろん未然に対策を取っているのだが、それでも事故は起こり得る。
そのため、自治体はどこも、公道上の事故に備えて「市有物件共済会」という組織に加盟し、年数十万円の保険料を支払っている。

そして地域ごとにブロック分けしてこの保険を扱うのは、民間の保険会社であり、この地域は現在は損保ジャパンが担当している。

今回も、完治までにかかった治療費(入院・通院分)と、9月半ばまでの休業補償分の総額を合算し、担当会社が抱える弁護士が過失割合を算定した結果、確かに142万円が支払われている。

なぜ矢野・朝木議員がこの件を調べ始めたのかは彼らに聞かないとわからないが、どうせ私を攻撃するための新しいネタだと踏んだのだろう。
きっかけは、2006年12月議会にこの支払いについての議案がかかったためだろうと思う。
公共施設での怪我はしばしば起こるが、「費用が100万円以上かかった場合については議会にかけなければいけない」という決まりがあるためだ。

「新聞」には、「(費用は)市が負担した」とあるが、これも違う。
保険制度だから、今回も、その他の事例も、事故があるたびに市が新たに支払うということはない。そのための保険なのだから。

矢野議員は、昨年10月の市議会決算特別委員会で得意満面の様子でこの問題を取り上げ、次のような質疑をしている。

○矢野委員 先日もそうでありましたが、何か聞きかじった話だけで、あたかも問題があるかのような議会発言を連発しているのは、言うまでもなく、佐藤真和さんであります。いずれ、自分でツケは払うことになるはずでありますが、何か聞いていると、愚劣だとか、やじを飛ばして開き直っているようなので、議員であれば、非常に大事なことなので、重ねて伺います。佐藤さん御自身の問題でもあるわけでありますからね。いわゆる野口町の市道上での自転車事故、補償金が8割の過失割合で市が支払ったわけでありますので、私は、5割を超えるようなことはあり得ないという前提でお聞きしているんでありますが、開示された公文書によれば、自転車事故で骨を折った本人のために、佐藤真和さんが、突然電話を所管課長にかけて、控室でいろいろ話をした。その中に、この公文書の中に書いてあるのは、本人にかわって、こういうことを言った。課長に対して、休業補償のための手続を早く進めるように、そういう要請をしたと記載されておりますが、佐藤さんの名前も明記されているので、事実に間違いないか伺います。

△須崎道路・交通課長 休業損害請求のための、まず手続を進めてほしいということでございます。

○矢野委員 開示された公文書には、佐藤さんのお名前も出ておりますよね。民間人の名前は出ていないけれども、佐藤さんの名前は出ているでしょう。

△須崎道路・交通課長 掲載されております。

○矢野委員 口ききの問題がいろいろと言われておりますので、私は議員たるもの、こういうことをやっていいのかという観点から伺っているのであります。聞きかじった話ではなくて、公文書に出ている話でありますから、大変な事実を指摘しているのでありますが、この公文書の中で、佐藤さんは極めて重大なことを言ってる。この自転車の問題について、本人に落ち度はあったのか、過失は認められないと指摘したと言っていますが、そこで伺いますけども、前回も伺いましたが、道交法上、軽車両である自転車には左側通行、これが義務づけられているのではないですか。道交法の規定です。

△須崎道路・交通課長 軽車両になりますので、当然、左側通行となります。

○矢野委員 これも開示された公文書の中に、ちょっと見にくいけども、写真がついてる。問題のグレーチングの横の集水升との間のすき間、この位置は、こういうふうに見れば、すぐセンターから進行方向に向かって右側にありますよ。これで8割の過失責任というのは、市が負担し過ぎているんじゃないですか。5割だったらわかりますよ、まだ。左側通行してれば、事故はなかったんでしょ、どうですか。私が聞いてるのは、センターから、問題のグレーチング、右にあるのか左にあるのか。センターから。それだけです。

△須崎道路・交通課長 道路の中心線よりやや北側でございます。

○矢野委員 終わります。



路地の真ん中より少し右側に開いていたから、市の過失はせいぜい5割で、8割も認めさせたのは「口利き」なのだそうだ。
「判断は、担当会社の弁護士が行ったものです」
12月議会でも鬼の首を取ったように質問した矢野氏に対して、都市整備部長はこう答えている。

矢野氏はさらに、自らが実質的にコントロールしている「多摩レイクサイドFM」で自身が「パーソナリティ」を務める番組でも、「新聞」の「記事」をアシスタントに読ませ、「こんなことやっていいんですかね?」とコメントを加えている。

それでも実は私は、この件について無視をしようと思っていた。

怪我をした本人は、その後やはり勤めていた会社を辞めざるを得なくなり、とっても落ち込んでいた。しかし足の不調とつき合いながら改めて介護施設に就職し、事故から1年経ってようやくボルトを抜く再手術をし、少しずつ精神的にも元気になっていった。
矢野氏らが議会内でいくら騒ぎ、放送で流しても、多くの人が聞いているとはとても思えず、彼の耳に届かなければそれでいいと思っていたからだ。

しかし最近になって彼の家にも「新聞」が投げ込まれ、「俺のことで市の人にも佐藤さんにも迷惑かけちゃって…申し訳ありません。俺、どうしたらいいですか?」という電話が入った。


私を攻撃したければ好きにやればいい。
しかし、真面目に、コツコツ生きている市民を愚劣な記事で翻弄するのはいい加減やめたらどうか。

「新聞」に毎号記載されている「徹底した調査・取材で、不正に鋭いメス」の実態がうかがい知れる一例として少し詳細に書かせてもらった。


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【2008/01/18 13:17】 | 矢野&朝木議員&りんごっこ保育園問題
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No title
路字山吟
最後まで読んで、なぜ佐藤さんがこんな記事書いたのかよく理解できました。
なんなんですかね?
あのねちねちしたビラ!
あれ読んで本気にしてる人もいるわけだから、書いてる人はしっかりしてほしいものです。
そういう人達が市会議員で当選してしまう東村山市もなんだかなぁ。
と思います。

No title
そとからですが
貴方が行ったことは、りっぱな口利きと思います。貴方は、市の職員に対して直接話すべきではなく、事故を起こした人に対してのアドバイス程度にしておくべきではないでしょうか。下手をすれば、弁護士法違反になりかねません。市に対して、市議が持っている権限と圧力をわかった上で行動するべきと思います。まあ、東村山新聞もいい加減と思いますが。

No title
エリザベス
ずいぶん前から配られている「新聞」は一応目を通していました。前市長の時は、そのやり方に色々と疑問をもっていましたから「新聞」は私たちの気持ちを代弁していると思っていました。
その当時は市議の方々のブログもあったのか…あっても知らなかったので、「新聞」だけが東村山市議会の情報を得るものだったし、正しいと思っていました。
けれど、西口再開発の問題の頃から市議の方々がブログをやっていること、市議の方々が考え方は違うけれどお仕事をしている様子を知ることができ…そうすると「新聞」から知る内容と大きなずれがあることがわかってきました。
今は「新聞」を読んでいても「自分たちの嫌いな人を陥れるための内容」しか読みとれません。
少なからずも前市長の時はこの「新聞」の人たちにがんばってほしい!と思っていた時があります。それは本当の事が見えていなかったからだと思います。
パソコンを使えないお年寄りやそういう環境がない方々は「新聞」を信じるしかないですからね。パソコンを使えない、使わない人たちにも「新聞」が嘘ばかりだということがわかるような東村山にするにはどうしたら良いんでしょう。
今回の「新聞」も読みましたが、佐藤市議の事を陥れる内容だったけど、それ以上に「市議の力を借りて私たちの税金を無理矢理自分のものにした仕事もしない一市民」をみんなでいじめましょう!って読めました。
本当の内容を教えてもらってなんだか心がホッとしました。

路字山吟さんへ
佐藤まさたか
コメントありがとうございました。お返事遅くなってすみません。

そう、本気にしている人もいつの時代も一定程度いるでしょうね。確かに週刊誌のような表現を好む方もおられるし、正しい情報だって入っていますから。
でも、未だに巻頭に必ず掲載されている「朝木議員殺害事件の犯人逮捕につながる情報を提供して下さった方に、一千万円を差し上げます。ご協力を!」なんて市民の皆さんはどう思っているのでしょう?明らかに事実に反します。『「潮」「タイムス」「千葉副署長」判決で、他殺がはっきりした朝木議員殺害事件。』というのも事実と違いますからね。
これを「新聞」だと称して、ラジオ番組内で朝日や読売と同列に扱う行為も、明らかにおかしいと思っています。

そとからですがさんへ
佐藤まさたか
率直なご意見、ありがとうございました。お返事遅くなってすみません。

貴重なアドバイスとして受け止めさせていただきます。

エリザベスさんへ
佐藤まさたか
丁寧なコメントありがとうございました。お返事遅くなってすみません。

最後に書いてくださった点を一番心配していましたので、ちょっとほっとしました。
ルールに則って保険会社の弁護士さんが決めて双方納得の上で決着していることを、何のためにこんな風に「使う」のかと思うと、情けなくなります。

彼らは自分達が深く深く関与する恩多町の認可保育園に対して、開設準備段階であった6年ほど前から都や市に対して様々な働きかけを続けていますし、3年半前に開園後もほぼ休まず我田引水としか思えない質問を議会で繰り返していることは議事録が如実に物語っています。

最近の議会でも、他の保育園を口汚く攻撃した返す刀で「同じ認可保育園なのに差別しているのはおかしい」と繰り返す姿は、保育園という世界とはおよそかけ離れた姿です。
結局、自らが関与する園に補助金をもっと出せ、という話なのですから…。

こういうのは、口利きじゃないんでしょうか?素朴な疑問です。

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AERAの最新号に「保育園規制緩和いいの?」という記事を見つけました。(ジャーナリスト猪熊弘子さん記)
記事は、昨年12月7日の日経1面に「保育所 入所基準を緩和」という記事が掲載されたことを入口に、これ以上の「緩和」に向かう危険性を指摘し、すでに「こんな保育所さえ」という保育所が認可保育所としてまかり通っている現実を伝えています。

保育所に入りたくても入れない待機児童が社会問題化してから久しいですし、小泉内閣が打ち上げた「待機児ゼロ作戦」も記憶に強く残っているところです。

待機児問題とはなにか。
認可保育園の規制緩和とはなにか。

これは、私たちのまち東村山において、他の自治体より一層はっきりした形で、その変化と影響をもたらしてきました。
不連続シリーズとして綴っていきたいと考えています。

【2008/01/15 17:40】 | 未分類
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出初式 一斉放水の様子

今年の出初式はいつになく穏やかな天候に恵まれ、平日にも関わらず大勢の方が長い時間足を止めて見ておられました。
東村山駅東口ロータリー内の北側に設けられた本部テントには市議会議員の席も用意されているのですが、私は今年も人垣の中から見学させてもらいました。前半の式典が続く間、ロータリーの南側では近隣の保育園の子どもたちや親子連れが、停めてある各分団の消防自動車に近づいて眺めたり、写真を撮ったりしています。
11時をだいぶ回った頃になり、7台の消防自動車がサイレンを鳴らしながら次々と登場すると、今か今かと待っていた子どもたちは大喜び。
消防操法と呼ばれるデモンストレーション(昨年東京都の大会で2位になったそうです)も、食い入るように見つめています。
そして間もなく12時という頃に、7台から空高く一斉放水が行われると、子どもたちは大拍手。
出初式は終わりました。

昨年市内で発生した火災の原因トップは、放火だそうです。
日頃のたゆまぬ活動によって市民の安全を守っている市民もいれば、それを脅かす行為に走る市民もいる、という現実。
生業を持ちながら活動を続ける消防団の皆さんに改めて感謝しつつ、活動に対する理解を広めることも私たちの務めであると感じます。

ところで、今年もいくつか気になっていることがあります。

8日の記事に出初式のことを書きましたが、もともとは市のHPにリンクを貼って紹介しようと思ったのでした。ところが…「今週の東村山市」に載っていません。さらにどこを探してもふれられている形跡がないのです。
最近はイベントはもちろん、児童館の行事や種々の会議、審議会も掲載されているので、何かの間違いかと思って所管課へ伝えにも行きましたが、結局最後まで載りませんでした。
市報にも写真入りで載せ、街のあちこちに大きなポスターも貼られていた行事ですから、残念な対応です。

また、今年も10時の開会時から消防自動車の登場と一斉放水を待ち続けながら、待ちくたびれたのか寒さからか、その場を後にした保育園の子どもたちや親子連れが幾人もいました。
この件は昨年も今回も、「インフォメーション時に、一部(セレモニー)と二部(デモンストレーション)という示し方はできないですか?そうすれば目安になるでしょうし…」と議会の委員会でも提案しましたが、そもそもデモンストレーションがメインではないから、という趣旨の反応でした。
まあ理屈は確かにそうなんですけど…小さな子どもたちが(大人もかもしれません)消防団員の皆さんと消防自動車の活躍する姿に胸躍らせることは、とっても意味があることだと思うのですが…。

消防団への理解と協力を広げたい、と真剣に考えるならば、もう少し工夫の余地があるような気がします。

※8日の記事中の写真ですが、市のHPにリンクできなかったために、せめて様子をと思って拝借したのですが、断りなしであったことはまずかったな、と思っています。関係者にお詫びし、削除します。
改めて、市のHP「消防団の役割」を貼っておきます。
東村山市消防団が東京都から表彰されたことなども含めてPRという視点がもっと加えられたり、対象地域を見やすく表示する工夫を施すことなども合わせ、ページが見る側に立ったさらなる充実が図られることを期待しながら…。


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【2008/01/11 23:52】 | まちづくり・都市計画・防災
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議員になって認識が変わったことがいくつもありますが、「消防団」もその最たる一つです。
生まれ育った日野でも殆ど意識したことがなかったですし、東村山に来てからも、地元の人たちの集まり、くらいに思っていたというのが本当のところです。
しかし、4年前から分団の方たちと直接話をさせてもらうことができたことで、自分の認識の低さを恥じ入ることとなりました。
昨年夏まで住んでいた野口町3丁目は第4分団の所管地域です。
4年前、分団長が「年末年始の特別警戒で回ると、うるさい!と叱られるんですよ」とおっしゃっているのを聞いて、驚きつつも、私自身だっていくらも変わらない認識なのではないか、と思ったことがあります。
昨年はその後を引き継いだ分団長が退任される際、「これで少しは落ち着いて眠れるようになるかな、と思うのですが…」と本音を漏らされていました。
団員である以上、夜中であろうが何であろうが、ひとたび火災の報に接すれば身支度をして飛び出さなくてなりませんし、奥さんや子どもさんたちはお父さんが無事帰ってくるまでは寝られないのだそうです。
サイレンに似た音で飛び起きるということもしょっちゅうですから、と。

震災に伴う避難所生活で過労によって倒れるのは、消防署員よりも圧倒的に消防団員だ、という記事を読んだことがあります。
消防署員は業務ですから、一定の時間で交代がききますが、消防団員は住民であるために24時間全く離れることができず、自分の家が被災していても帰ることもできず、ひたすら避難所生活を支え続けることになってしまうのだと言います。

現在の東村山市消防団本団の団長は、野口町にある酒屋さんのご主人です。
年始も多摩湖町で火災がありましたが、ご商売があろうと、夜中であろうと、現場へ走る毎日で、消防としての活動や行事が最優先されるお父さんを、家族みんなで支えておられるそうです。
本当に頭が下がる思いです。
時々お邪魔する野口町の飲み屋さんの好青年も、以前勤めていた保育所の若いお父さんも、分団で日々訓練を重ね、地域のために頑張ってくださっています。

消防団は消防組織法で位置づけられ、団員は非常勤の地方公務員という立場ですが、報酬は雀の涙程度であり、実態はボランティア以外のなにものでもありません。
最近は団員のなり手が少なく、どの分団も、より厳しい状況の中で活動しておられると聞きます。
市のHPにも消防団のページがあります。ご自分の地域はどこの分団が守ってくれているのでしょう?ぜひのぞいてみてください。

あさって10日(木)は、東村山駅東口駅前で「東村山市消防団出初式」(10時~正午)が行われます。
前半は団員表彰を中心にしたセレモニー、後半が東京都消防庁音楽隊による演奏、消防車両によるデモンストレーション、そして一斉放水となります。

お時間が許す方は、寒い中ですので、どうぞ温かくしておいでください。


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【2008/01/08 14:20】 | もろもろ
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寿司屋で消防無線?聞いて考えた事
たまこ
近所のお寿司屋さんで食事した時、明らかに民放ラジオではない無線機から始終ガーガー音が出ていました。
初めは訳分かりませんでしたが、(もしかしてこのオヤジさんは消防団員?)と思い付くと腑に落ちました。
初老に差し掛かった頃と見受けられるオヤジさん。
自営で地元にずっと居られてて引き受けて下さってるんだろうなあ…と心の中で頭を下げるばかりでした。
市民の多くが日中市外へ出勤していくこの市では、団員になって下さる方々のお陰で安心して暮らしていられるのだと思います。

なお以前、消防団を取り上げた番組で、地域にある大学・在学生に呼び掛けて加入をお願いして、一緒に地域防災に務めている話がありましたっけ。

日中に町にいる人達でも出来る範囲が判ると「準・消防団員」的な人員募集が出来そうですけど。
今の消防団にその様な発想は有りそうですか?

Re:寿司屋で消防無線?聞いて考えた事
佐藤まさたか
たまこさん コメントありがとうございました。
お返事サボっててすみません。
本年もよろしくお願い足します。

今日の読売新聞の記事にも「求む消防団員」と題してこんな記事が載っていました。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080115i407.htm?from=main4

防災は地域から、ということで市内にも消防少年団や防火女性の会といった組織もありますし、震災時のボランティア組織も作られていますが、こと火災、消防、ということになると、日頃の訓練に基づいた専門知識も能力も要求されてくるので、なかなか大変なのだと思います。

私たちにまずできることは、自分自身の日頃からの火災予防と消防に対する理解を広げることなのかもしれません。

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西口現場と富士2

東村山駅の改札を抜け、西口駅前への階段を下る前にコンコースから見える富士山。この時期は特に、その真っ白な姿に疲れた気持ちをホッと癒されたり、ヨシッ!と自分に言い聞かせたことのある人も少なくないのではないでしょうか。

写真は、あの場所から見える最後の初富士です。

100mビル工事は間もなく2階部分が姿を現し、コンコースからの視界を完全にさえぎることになります。


見納めが近い富士山(アップ)


いつでも誰もが臨めた景色への思いも、空を奪わないでくれ、とおっしゃていた隣接地の方の叫びも、「公益」にかき消されることになります。
しかし、西口再開発が果たして本当の意味での「公益」なのかどうか…。大いに疑問だと思っています。

バス通りから新設される駅前広場へは、現在の交差点角から一気に広がるのではなく、変則的に屈曲することが誰の目にもわかるようになってきました。
地権者の生活権・営業権を100mビルを建てなければ保障できないと言ってきたのに、再開発組合幹部の店舗・事業所はすべて駅前広場に面した位置に新築されて残ることもリアルに見えてきました。だからこそ、駅前広場は中途半端でおかしな形状なわけですが。
どうしてココが残るんですか?と幾人もから聞かれます。
どうしてだと思いますか?と問い返すしかありません…。

↓は地下駐輪場工事の様子です。
進む地下駐輪場工事と駅前一等地

「未来永劫、自前の(借地ではない、という意味)駐輪場が確保できる最善の計画」と市は繰り返してきましたが、財政難の中でわざわざ地下を掘って7億、8億かける価値が本当にあるのか…。
これも何度も議会で質してきましたが、現場を見ながら改めて、「必要だったのは駐輪場よりも駐輪場工事だったのではないか」と思えてなりません。
東口では遊休地や借地を借り上げての駐輪場整備が引き続き進められています。
この西口や、同じく地下駐輪場工事が始まった久米川駅北口周辺にだけ適当な土地がない、ということはないはずなのです。

地下駐輪場は決して使い勝手がよくありません。
高い金をかけて整備して、市民サービスの水準は後退することが必至です。このことはまた改めて書きます。


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【2008/01/05 22:13】 | まちづくり・都市計画・防災
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