無所属の東村山市議会議員・佐藤まさたかです。市議としての活動、考え、こぼれ話、余談、雑感…。実感ある発信を続けていきたいと思っています。
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昨日(30・土) の6月議会初日は、2年に一度の人事入替が行われたことから、完全にイレギュラーな流れでした。土曜開催ということで傍聴に来てくださった皆さんには、議場外で断続的に開かれる代表者会議や議会運営委員会のために待ち時間ばかりが長くなり、申し訳なかったという思いです。様々な日程調整上からこの日しかないと決まったらしいのですが、土曜議会とする以上は少しでも活発なやり取りが行われそうな日にすべきであり、次回以降は改めなければいけないと思っています。

さて、朝からの流れです。

9時10分から従来のメンバーによる最後の代表者会議開催。出席は、丸山議長、山川副議長、鈴木議員、川上議員、田中議員、木内議員、私(オブザーバー)。

まず丸山議長から、次のような挨拶がありました。

今日をもって議長を辞職します。激務が続き最近は体調面も厳しいので、(改選後の)自民党の会派代表を務める予定だったが鈴木議員に続投してもらうことにしたい。議運のメンバーからも外れされてもらい、かわって北久保議員でお願いしたい。引き受ける予定であった、たま広域資源循環組合議員もご迷惑をかけてもいけないので、熊木議員にお願いしたいと考えている。これまでご協力をいただきスムーズに議会運営ができたことに感謝したい。2年間ありがとうございました。

続いて市長から、監査委員の川上議員辞任に伴い、山川議員にお願いしたいのでよろしくお願いしたい、と発言。これは、市長推薦という形で即決の人事議案として提案するためです。

代表者会議はここで10分足らずで終了。すぐに議会運営委員協議会を開催。
丸山議長、山川副議長、鈴木委員長、島田副委員長、肥沼、川上、伊藤、田中、清沢、木内各議員と私(オブザーバー)。

改めて丸山議長から
「2年間ありがとうございました。今は内心すごくホッとしている。私にかわって議運には北久保議員、たま資源循環組合には熊木さんでお願いしたい。」

続いて金子副市長。
「議案5本、道路認定2本を上程しますので、ぜひ可決していただきたい」

鈴木委員長
「今日の流れだけ確認し、細かいことについては改選後に改めて協議することとしたい」

会派に戻って報告。9時40分からミニミニコンサートのため、すぐに議場へ。
今回はラテン音楽を歌うジョー緒方さんのミニソロライブ。私は初めて拝見しましたが、御歳80歳と伺い、その迫力の歌声に二度ビックリ。




少し時間が延びたこともあり、議会開会は10時半に。

1.会議録署名議員の指名…肥沼、島田両議員を議長が指名。

2.会期の決定…6月15日までの17日間とすることが諮られ、矢野・朝木議員以外の賛成で可決。

3.議員辞職の許可…野田数議員(自民)が4月30日付で「一身上の都合」で議長あてに辞職願を提出し、許可したことを報告。(実際は7月12日投開票の都議選出馬のため)

丸山議長にかわって山川副議長登壇。議長の辞職願を朗読。
辞職と言っても別に何かあったわけでははなく、4年の任期の折り返し時で交代するという長年の慣行によるものです。
討論(各会派の意見表明)を用いずに直ちに採決⇒挙手全員で議長の辞職許可。

丸山議員が議場の自席につき再開。

議長選挙を議事日程に追加することが諮られ、挙手全員で可決し、議長選挙へ。
議場が閉鎖され、投票箱の点検が行われ(職員が箱をかざして見せる様子に、鳩でも出てくるかと思ったよ、と傍聴されていた方から後で言われました)、投票開始⇒開票。
開票結果が副議長から報告。

投票総数25、うち有効投票25、川上議員18、田中議員5、矢野議員2。

議場閉鎖を解き、川上議員による就任にあたっての挨拶。
「大役に身が引き締まる思い。厳しい財政の中だが、市民生活をよくするために力を尽くしたい」

川上議長が登壇。副議長からの辞職願を朗読(これも慣行)、議事日程の追加、辞職許可、副議長選の追加が諮られ挙手全員で可決。
副議長選挙開始。

鈴木議員18、保延議員5、朝木議員2。

議場閉鎖を解き、鈴木議員による就任挨拶。
「厳しい財政下で少子化、高齢化進むが、二元代表制としての議会の役割はますます重要であり、よいものを引き継ぎながら、新しい議会のあり方を議長と力を合わせて進めていきたい」

ここで休憩が告げられ、代表者会議を開催。

今後2年間のメンバーが初めて揃う。
川上議長、鈴木副議長、肥沼議員(自民)、山川議員(公明)、田中議員(共産)、佐藤。尚、うちの会派の略称は、「変!議」となり、会議では「へんぎのかい」と呼ばれることとなりました。おかしな略称だという声も聞きますが、違和感が残れば本望という気持ちもあります。

川上議長が冒頭のあいさつで「力を合わせて議会運営を進めたい。一つ一つ同意をもらいながら進めていきたい」と述べ、それぞれが一言ずつ挨拶。

事前の代表者会議、議運で示されていた常任委員会等の各人事案が改めて確認され、本会議を再開。


議長から4つの常任委員会委員と議会運営委員会委員の指名があり、矢野・朝木議員以外の賛成多数で可決。

その後、委員会ごとに分かれて正副委員長の選任を行い、私自身は環境建設委員会の委員長を務めることになりました。
会派を同じくする大塚議員は環境建設委員会に、薄井議員は政策総務委員会所属と決まりました。

午後は1時半から新たなメンバーで議運が開かれ、まず質問時間の配分について協議しました。

山川議運委員長から、従来の会派ごとの配分時間が示されましたが、川上議長から「議運から3月に出された報告書の通り、各会派の時間を拡大する」と発言があり、自民21分、公明19分、共産17分、変!議13分、草の根11分、民主11分ということになりました。

次に即決議案である41号(職員夏期賞与を10%減額)と42号(市長以下特別職の賞与を10%減額)の扱いを協議。
ここでは、議案42号で、議員報酬だけを除いて実施するとなっている点を修正し、議員も同様に削減することで集約。修正動議以後の流れを確認、共有し、散会となり、会派に戻って報告しました。

2時に本会議再開。

議長から各委員会の正副委員長の報告。

続いて、東京たま広域資源循環組合議会議員の選挙が行われ、棄権した矢野・朝木議員以外の23票満票を熊木敏己議員が得て選ばれました。

その後、野火止用水保全対策協議会、三多摩上下水道及び道路建設促進協議会、東京都市公平委員会、東京都後期高齢者医療広域連合議会などへ東村山市議会を代表して出席する議員が議長による指名された上、矢野・朝木議員以外の賛成多数で選任。
続いて、緑化審議会、都市計画審議会、交通事故防止審議会、農業委員会という東村山市の機関へ出席する議員も議長指名があり、同様の賛成多数で推薦が決まりました。

最後に、議席の変更が議長より告げられ、矢野・朝木議員以外の賛成多数で決定。次回(6月2日)から新たな議席(以下)となります。

1番川上議長(自席にはつきません)、2・薄井、3・佐藤、4・大塚、5・朝木、6・矢野、7・島崎、8・北久保、9・島田、10・伊藤、11・奥谷、12・木内、13・山口、14・福田、15・丸山、16・鈴木、17・熊木、18・加藤、19・肥沼、20・山川、21・駒崎、22・石橋、23・保延、24・田中、25・清沢


ここで市長による所信表明(約35分間・このページに間もなく掲載されるはずです)。

続いて当初議案43号から47号が上程され、各常任委員会への付託を決定。

そして41号、42号の審議へ。
総務部長による提案説明が終わった瞬間、鈴木忠文議員(自)から「議長!動議!42号について修正案を提出します」と発言があり、賛成多数で議案に追加。

議運で再度調整後、再開して提案者である草の根以外の会派代表が答弁者側の席につき、山川昌子議員が提案説明。
矢野議員から何点か質疑と討論があり、採決は矢野・朝木議員以外の賛成多数で、市長らと同様に議員の夏期賞与も10%減額することを可決しました。

矢野議員からは20%の役職加算についてなぜ廃止しないのかという質疑が各会派に対してされましたが、私は「42号の原案が市長から示され、議員が除かれていることを受け、緊急に協議を重ねてきた。私自身は役職加算は見直すべきという立場だが、発足したばかりの会派内での集約はまだできていない。全会派が一致して今日中に成立させないと効力がなくなってしまうので、速やかに成立させることを優先させるべきと判断した」と答えました。

また、議員報酬条例を市長以下の特別職の報酬条例と明確に切り分けるべきという点は、矢野議員の指摘を待つまでもなく各会派が速やかに着手するという立場であり、早期に実現することになると思います。

続いて、監査委員選任の議案審議となりましたが、うちの会派は私が質疑に立った上で、地方財政健全化法の完全実施となる今年度であり、地方分権論議の中でも監査機能の強化は喫緊の課題とされている中、丁寧な検討が加えられていない点に十分な納得がいかず、反対を表明しました。

最後に、「北朝鮮の核実験に抗議する緊急決議」を審議。矢野・朝木議員は恒例により?議場から退場したために、挙手全員で可決となりました。


以上、長々と経過を記しましたが、何点か別立てで触れたい事柄もありますので、改めてお伝えしたいと思います。








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【2009/05/31 23:55】 | 議会報告
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土曜日ですが、これから6月議会の初日となります。

4年間の折り返しにあたり、慣例によって現議長(丸山登議員)が辞職、副議長(山川昌子議員)も辞職となり、新たに正副議長を選挙によって決めることとなります。




これまで一人会派でいた6年間は、当日の朝に「○○さんということになっているから、よろしく」と言われ、私自身はその通りに書いたり書かなかったりしていました。議長選挙に自分の名前を必ず書く議員もいて、それはそれで考え方だと思いますが、私自身議長になりたいわけでもなく、なれるわけでもなく、議長選が主戦場ではないので、その都度自分だけの判断で投票行動を決めてきました。

今回は初めて3人で会派を組んだことにより、27日の代表者会議で、現議長から「後半2年間は第2党の公明党にお譲りしたい。公明党からは年長者の川上議員でと伺っている。副議長は自民党から鈴木議員ということでお願いしたい。」という旨の話があり、共産党は代表の田中富造議員から「うちは独自で」と発言がありました。

私は議長選挙にあたって、フリーハンドで言われたままに投票することに納得がいっていませんでしたので、会派3人で協議をした結果、次のような文書を川上、鈴木両候補に昨夜直接手渡しました。



次期議長候補者 川上 隆之様

         議長選挙にあたって

 5月27日の代表者会議において、丸山登議長より貴殿が5月30日に執行予定の市議会議長選挙における次期議長候補であると伺いました。
2年間の市議会運営に最も大きな影響を与える議長の選任でありますので、わが会派としても重く受け止め、慎重な議論を重ねているところです。つきましては、投票にあたり、以下の点につき貴殿のご意向をお伺いいたしたく存じます。不躾な点があることについてはご容赦いただければ幸いです。

一.議会運営委員会「所管事務調査事項報告書」(21年3月26日付)の内容については、今議会より速やかに完全実施していただきたい。

一.開かれた議会への変革のため、全会派の議員が参加する場(たとえば「(仮称)議会改革特別委員会」)を設け、当議会における課題を出し合うことから始め、不断の取り組みが進められるよう先頭に立ってご尽力いただきたい。

平成21年5月29日

東村山市議会 変えよう!議会・東村山
          佐藤 真和
          大塚惠美子
          薄井 政美

※副議長候補の鈴木議員にも同様の内容。


お二人からは、1点目については明確に了解を得、2点目も議会改革をさらに進めることについては異論がないことを確認しました。

政策、議案をめぐっては、各会派が市長提案を支持する側と支持しない側に分かれて賛否をたたかわせることは当たり前ですが、議会改革についていわゆる与党も野党もない、と私自身は考えています。

今日の正副議長選挙にあたっては、会派内の判断で会は代表の名前を書くという選択肢も検討しましたが、最終的に上のような結果を踏まえて判断するつもりです。

今後、様々な場で、私たち自身が2年間、何をどう提案し、実現に向けて努力するかということが問われてくるのだと受け止めています。

これから、朝の代表者会議が始まります。




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【2009/05/30 09:11】 | 議会報告
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本日3本目です。1日1本!でなくてすみません。

昨夜(26日)6時から、今年度1回目の行財政改革審議会(行革審)を傍聴しました。3階の庁議室で行われ、傍聴者は薄井市議と私の2人。

出席者は、畠山会長をはじめ委員の皆さん と渡部市長、金子副市長、諸田経営政策部長、小林次長、間野行政経営課以下課員の皆さん。

6時に開会し、8時をかなり回って終了となりました。





冒頭の市長挨拶では、
・いろいろと組合と協議の末ではあったが、職員給与の東京都表への完全準拠、地域手当の10%にへの引き下げが妥結に至ったこと。
・民間委託推進の一環として小学校給食の委託校を1校増やしたこと、市役所1階の窓口業務、電話交換業務も民間委託に踏み切ったこと等が報告され、正規職員を50名削減できたこと。
・歳入確保対策、行革の推進、事務事業の見直しを含め、単年度で総計10億円余りの行革効果が出ていること。
・しかしそれでも単年度収支を賄い切れず、苦渋の選択で退職手当債の発行を余儀なくされたこと。
・責任を痛感し、市長退職金の半減条例、特別職報酬の削減条例を3月議会に提案し、可決されたこと。
・平成24年度までは大量退職時代が続くので退職債発行はやむを得ないと考えているが、この5年間で単年度収支の均衡がとれた行財政構造に変えていきたい。
等の話がありました。
市長は最後に、基礎自治体として何をすべきか、正規職員が何をすべきかが今後の大きなテーマとなる、と述べました。

次に議題に入りました。

1.報告事項

1)21年度組織改正、人事異動について ※諸田部長が説明

2)21年度当初予算について ※小林次長が説明


3)20年度の行革効果額について ※以下、資料から抜粋

【歳出抑制】

1.事務事業の見直し  1億9,941万1千円
(内訳)・事業点検の取り組み 8,361万9千円 (行革A・Bランク)
    ・事業点検の取り組み 6,490万7千円 (横断的な改善方針)
    ・各所管の事業の見直し 5,088万5千円 (iRAS入替、不燃物処理方法の変更他)

2.職員定数の適正化、給与制度・諸手当制度の適正化 7億6,072万円
(内訳)・職員定数の適正化 4億1,855万円 (職員50人減)
    ・給与制度・諸手当制度の適正化 5億2,942万円
    ・年度途中での職員減 2,581万1千円
    ・職員減に伴う委託経費 ▲1億852万8千円
    ・職員減に伴う嘱託・再任用等配置経費 ▲1億453万3千円
   
歳出効果額合計       9億6,013万1千円  ※▲は増額を意味する


【歳入対策】

補助金・交付金の確保  4,200万円 (市町村総合交付金の経営努力割増額分)

市有地の売却  3,939万円

歳入合計  8,139万円

20年度効果額の総計  10億4,152万1千円



これらは、7月1日の市報で市民の皆さんへお伝えするとのこと。また決算確定後に数値の変動はあり得るとのことでした。


この報告に対しての委員からの質疑と答えは次のようなものでした。

Q)結果として単年度で10億円余りの効果だということはわかったが、目標としてはどうであったのか。
市長)平成8年度以来、12年と15年を除いては、単年度収支はずっと赤字で、財政調整基金を取り崩して均衡を図ってきた。21年度は当初20億円以上の財源不足を見込んでいたが、結果として財政調整基金を取り崩さずに満年度予算が組めたことはご理解いただきたい。しかし、退職手当債の発行や他の基金の取り崩しは行っているので状況が厳しいことに違いはない。

Q)難しいところ(職員給与の削減)に正攻法で切り込んだことは評価する。他市と比べて経営努力割の状況はどう考えたらよいのか?
市長)かなり高い評価を受けているが、残る問題は市税の徴収率(の向上)。地域手当が本来値より高かったことで受けていた地方交付税のペナルティ分(約4,000万円のマイナス)も20年度からなくなった。
次長)経営努力割自体は、都内26市中9位の配分額だが、特別事情割という配分は1位になった。都から指摘を受けていた点については全て見直したことが評価されている。


4)第4次総合計画策定のための市民ワークショップについて   ※間野課長が詳細に説明

畠中会長)説明から、素晴らしい状況だと感じるし、熱心な方が多いことがわかる。

委員)熱気を感じる。皆さんの市財政への理解はどうですか?

課長)市長のタウンミーティングの影響等から、厳しさについては理解をしてくださっていると感じる。

市長)これまでの総花的な総合計画から、優先順位をどうするのかということを市民の皆さんと大いに議論をしないといけない。情報、認識を共有しながら進めていきたい。


2.審議

(1)21年度行革の取り組み

1)第3次行革大綱後期実施計画(現在実施中)の推進、管理、チェック
・114項目のチェック
・事業点検部会による取り組み
  目的)・市職員が担うべき業務範囲についての考え方の整理
       6~8月 考え方(案)作成 ⇒ 9月(予定) パブリックコメント実施 ⇒ 10月 修正・まとめ
     ・事務事業の見直しの推進、管理、チェック


※難解な話になってきたのでこのあたりでやめますが、次回は10月で、9月に任期の切れる現在の委員さんたちにはぜひ留任願いたいとのことでした。


平成23年度から5年間で収支均衡がとれる財政に変えていきたいとする市の説明に対して、会長からは「5年で収支均衡がとれるようになればよいが…年3回の会議では間に合わないように思うので、非公式な場も設けていきたい」という発言。
これを受けて副市長からは、「あと5年で大量退職期が一段落するので、退職金の負担はだいぶなくなっていくはず」
市長からは「現在、過去の下水道建設に伴う借金総額が270億円に及んでおり、その返済のために一般会計から年間30億円も繰り出している。これも今後5・6年で減少に転じるので、財政改善に影響すると考えている」
とする発言があり、最後は副市長のあいさつで閉会となりました。

現在進んでいる総合計画策定作業と、この行財政改革の作業は密接不可分の関係にあるので、相互の情報共有が不可欠だと感じます。
また、市長の言う「役所が何をすべきなのか」というテーマは確かに今後大いに議論すべきことだと思いますが、既得権者や声の大きなところが優先されることのないよう、幅広い市民の声にいかに耳を傾け、集約していくのかということが問われるように思います。
少なくとも、パブリックコメントで済ますことのないよう、丁寧な進め方を求めていきたいと考えています。

 



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【2009/05/27 23:57】 | 変えなきゃ!市役所
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本日2本目の記事です。

土曜日(23日)夜、東村山学童保育連絡協議会(学保連)の総会にお邪魔しました。
中央公民館のリハーサル室は市内16学童の役員の皆さんで既にいっぱい。
各学童クラブの様子がそれぞれから報告された後、議事に入りました。

話からは、学童クラブ全体をまとめ、行政との協議の場を設け、子どもたちにとって、働きながら子育てをする親にとって、少しでもよい場にしようと日々活動されていることがしっかり伝わってきます。



今年度中に建て替えが完了する萩山学童や、来年度から着手する青葉学童では、保護者の皆さんが粘り強く活動を続け、請願が議会で採択されたことも追い風となりました。
ほぼ毎月発行され、全議員にも届けてくださっている「学保連だより」は、とかく情報が不足しがちな保護者の皆さんが状況を共有することに大きく寄与していると思います。

同時に皆さんの話をお聞きしていて、活動継続の大変さも伝わってきました。
会長さんの「一年間、正直本当に大変でした。負担を少しずつでも減らす工夫をしないと、活動を継続していくことが今後難しくなってしまうかもしれない」という発言は実感のこもったもので、このような活動がいつまでも続くためには避けては通れない課題だろうと思います。

私自身は日野の学童でお世話になってから6年も7年もたちますが、一部の詳しい人、力のある人に頼った運営スタイルから、運営委員会や役員会の回数減、活動全体の洗い直し、薄く広く負担するあり方への変更等々を通じて、初めての人でも引き受けられるような仕組みや雰囲気づくりを目指していろいろなことにトライをしたことを思い出します。とはいえ、ベテランの力も不可欠なのですが。

東村山学保連のこととは関係なく、PTAでも保護者会でも、「どうしてやっているのかが現役は誰もよくわからないままに続けている活動」ってありませんか?



仕事に子育てに毎日てんてこ舞いで走り回り、親仲間同士で世話を掛け合い、迷惑を掛け合っていた(わが家は掛ける一方でしたが…)あの頃が、人生のゴールデンタイムだったのではないか、と最近よく思います。

先輩からの活動のバトンが引き継がれ、人が育ち合える場としてますます活発に展開されることを祈りつつ、議会に携わる者として「大規模化」への対応や「質の確保」について、力を尽くしていかなければと思っています。


10時ぎりぎりに公民館を出た後、まっすぐに西口のmaruに向かいました。
この夜は、桜井李早さんの「YES」出版記念パーティー&ライブが7時から続いていて、もうラストの頃。
窓からのぞくと、友情出演のあがた森魚さんの歌声が響いています。
人でぎっしりの店内にそっと入り、一番後ろで少しだけ雰囲気に浸りました。

満員札止め

友情出演・あがた森魚さん。しみました~

店内はぎっしり

ライブがはねて…maru外観



またここでやりたいね~とあがた森魚さんが最後におっしゃっていましたが、maruは来月下旬にこの地での営業に幕を下ろします。








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【2009/05/27 12:21】 | 未分類
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先週末、一人の旧友が東村山を訪ねてくれました。



出会いは23年前。大学の児童文化研究部の新入生として、私が勤め始めた日野社会教育センターのボランティアスタッフに来てくれた彼は、その後4年間、子どもたちのキャンプやスキーのリーダーとして大活躍してくれ、卒業と同時に後輩職員とりなました。
彼が夢であった教員を目指したいと退職するまでの約5年間、昼夜たがわず汗を流し、時に激論をたたかわせ、ともに働いていました。どの場面を思い出してみても、お互い、Tシャツやジャージ姿ばかり。

故郷に帰った彼は、数年後に思いもかけず国会議員の地元秘書となり、6年前に市議会議員に担ぎ出され、1期目を終わると同時に県議会議員になりました。

彼はある大きな団体のメンバーであり、そのことをめぐっては(仕事とは関係ないのですが)しばしば深夜まで激論、というよりも口論を重ねたこともありました。
なぜ信仰が最優先なのか、なぜピラミッドのような組織に依拠するのか…、その話題になると私はいつも喧嘩腰でしたし、彼はいっそう態度を硬くするばかりでした。


あれから15年。
都内での会合のために上京する彼でしたが、「まさたかさん(彼はそう呼ぶ)がどんな空気吸いながら頑張ってるのか一度感じてみたいから、東村山へ行きますわ」と、忙しい合間を縫って来てくれたのでした。

東村山駅の改札口で待ち合わせ、西口再開発の現場に立ち、コンコースから狭山丘陵の緑を眺め、なじみの店で4時間ほど酒を酌み交わしました。
「若い頃、あの現場で体で学んだことが今の自分の根っこになっている」と彼。全く同感。
北海道美幌町、佐渡相川、新潟五日町、飛騨御岳山、鹿児島県甑島…全国の自然の中へ子どもたちと出かけ、大勢のスタッフとつくった毎日。今で言うところの高齢者の介護予防活動の先がけだった「いきいき体操」の出張指導。地元の様々な団体とタイアップして企画した地域おこしイベント。
お互いに思いもよらぬ形で現在の仕事をさせてもらっているわけですが、何一つ無駄になっていないことを今になって実感している、と。

昔話から入ったのですが、じきに議会人としての話へ。

彼は市議会の4年間、他会派の議員との勉強会を仕掛け、共同でルール改正を手がけ、自分の会派から疎まれてばかりだったと笑います。
そして今、全国の議会改革をリードする三重県議会において、たった2人の少数会派ながら様々なトライを続けているようです。
「内輪(うちわ)で認め合ってても、なんにも変わらんですからね」と彼。

彼が今の立場になったことに賛辞を送りながらも、組織あってのこと、とどこか冷めた見方をしていたこと、レッテルを貼って片付けていたことを私は恥じました。
「いやぁ、実は一番楽しかったけれど、頭に来ることが一番多かったのも、まさたかさんでしたよ」と彼。そうだろうな…。

仲間に新たな元気をもらった夜。今度は三重で、と笑顔で改札口へ消える後姿を見送り、私も帰路につきました。


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【2009/05/27 12:15】 | 未分類
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22日(金)朝9時から、議会運営委員協議会という場に会派代表として初めて参加しました。とはいえ、30日の6月議会初日で認められるまではオブザーバーとして。

この日の議事は次のようなものです。

1.委員長あいさつ
2.議長あいさつ
3.執行者側あいさつ
4.一般質問の整理について
5.署名議員の氏名について
6.議案書の配布と説明について
7.協議案件
(1)議案の委員会付託について
(2)請願等について
(3)会期予定表について
(4)発言通告書提出期限について
(5)初日の時間配分について
(6)その他



会議には、丸山議長、山川副議長、議会運営委員会委員として自民・自治から鈴木委員長と肥沼委員、島崎委員、公明から島田副委員長と川上委員、伊藤委員、共産から田中委員と清沢委員、民主から木内委員の計9名、議会事務局が局長以下4名、執行者側として金子副市長と諸田経営政策部長、という顔ぶれでした。

これまで私や薄井議員は一人会派でしたので、この場で決定した内容を、会議後に鈴木・島田正副委員長から口頭で説明を受け、日程など重要なことについては書面が配布されるという流れでした。
思い返してみると1期目の前半(5・6年前)は口頭での説明すら十分にはされませんでしたので、少数会派に対しても口頭で説明する姿勢を現在の正副委員長が貫いてくれたことは一定の前進でした。

話を会議に戻します。

議事の中で4番目の「一般質問の整理について」ですが、これは東村山市議会ローカルルールの一つと言えるだろうと思いますが、質問通告の中味が3部門(部)以内に収まっているのかどうか、不適切な表現がないのかどうか等を事前にチェックをするというものです。

確かに、刑事事件で立件されてもいない話で特定の対象を中傷するような質問や、裁判の判決で確定している話を勝手に蒸し返して捻じ曲げたりするという通常では考えられないようなケースがうちの議会では過去ありましたので、慎重になる事情はわからなくもありません。
今回も、以前一蹴された内容を執拗に持ち出して疑惑だ何だと騒ぐ議員もいるようですし。

しかし、質問に立てる時間を議員一人20分、再々質問までに制限している上に、さらに部門を3つに限定することについては、改めていくべきだと考えています。答弁側に配慮しているとも聞いたことがありますが、一般質問は議員に与えられた固有の権利であり、それはおかしな話です。

今回はこれまでと比べて整理がスムーズに進んだのだそうですが、一人の議員の柱立てを整理し直すということがありました。これも最低限、以前行っていたように本人を呼んで確認を求めてからにすべきだと思いました。

7.協議案件(2)では、1件の陳情が郵送によって他市の方から出されているために、請願同様に委員会付託をするかどうかが諮られましたが、「権限外だな」というある委員の声に異論は出ず、請願扱いとはならないことが決まりました。

(5)の初日の時間配分についてでは、3月議会に議会運営委員会の検討結果として出された項目に、質問時間制限を若干緩和するという内容があり、先日の臨時議会でそれを実施したことを受けての議論でしたが、初日に議長以下の改選を受けた後、新たな議運メンバーで協議することとなりました。

その他としては、今年も6月1日から9月30日まで実施される庁内のクールビズに伴い、議会も6月議会から同様とすることとなり、初日の5月30日から前倒し実施となりました。
また、初日(30日)は土曜日で閉庁日ですが、1階正面玄関を議会関係者及び傍聴される皆さんのために開けるということです。

議会日程はこちらから、また全議員の一般質問概要についてはこちらからどうぞ。


ところで、この記事のタイトルに「 」をつけたのは、「協議会」という東村山市議会ローカルルールを改めるべきだという思いからです。
もちろん、よその議会には「議会運営委員会」しかありません。「協議」をつけることで非公式な場と位置づけ、ゆえに非公開、傍聴も認めないことができる、という理屈になっているわけです。
私は、よその議会と同じように、プライバシーに関わるような情報を扱う場合には「非公開とできる」と明示した上で、法に定められた議会運営員会として開催して、原則公開とするというのが常道だと思いますし、そのように求めていくつもりです。






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【2009/05/24 16:41】 | 変えよう!議会
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22日(金)午後、八王子市民会館で開かれた「東京河川改修促進連盟総会・促進大会」に参加。
この促進連盟には、1級河川を抱える東京都内の21区14市2町1村が加盟し、その議会議員は自動的に全員が会員とされているもので、毎年開かれる総会時には所管の職員と一緒に参加することが求められています。とはいえこの日も別の公務と重なって不参加の議員数名と、理由はわかりませんがこのような公務には一切参加しない議員もいたりするわけですが。

ここ数年はゲリラ豪雨による想定外の被害が発生し、昨年も神戸市内の川で子どもたちが流されて亡くなったり、都内で下水道工事中に作業員の方たちが流されて命を落としたりしたことは記憶に新しいところです。
アスファルトで固めた街に降る雨は短時間に全て排水溝へ流れ込み、中小の川を溢れさせます。地下街に大量の雨水が流れ込み、数年前にはビルの地下1階の水没した部屋で人が亡くなるという事故も起きました。

都の局長によるレクチャー



多摩地区の事例報告をする太田立川市議会議長

この日の促進大会でも、都内の河川を時間当たり降雨量50ミリ対応に切り替える工事が着々と進められているという報告が東京都の担当者からされ、国レベルでも都市型の水害に対する対策を重視していることも報告されました。
しかし、ここ数年は70ミリとか80ミリ、時に100ミリという記録的な集中豪雨が全国で起きていますし、町田市図師町では昨年夏に115ミリという異常な豪雨に襲われています。

雨水対策は、管の口径拡張だけではなく、迂回下水路や調整池の整備など、多角的に行われていますし、都は、50ミリ対応の後にはさらなる管の口径拡張を進めるとのことです。

確かに、洪水被害が発生しやすい地域の皆さんが安心して生活できるためには、税金を使って必要な対策が一日も早く施されることが大切だと思います。
東村山市内でも、前川という氾濫を重ねてきた小さな河川への対策を検討する動きが、昨年の請願採択を受けて始まろうとしています。

一方で、狭山公園内に端を発する北川では、川を身近に感じて親しめるようにと、安全を確認したうえで三面コンクリート張りだった護岸の一部をはがし、自然護岸化する新たな取り組みも進められてきました。
市内では大規模な河川改修をすぐに進めることが難しい状況の中で、路上へ流れる雨水を少しでも土の中へ返してやるための「雨水浸透マス」の設置を住宅新築時に促進したりもしています。

アスファルト舗装にも、雨水がしみ込むタイプの舗装が増えてきているように思いますが、しみ込んだ雨水は結局その下の層を通って下水道管に流れ込むと聞くと、土の中へ返す工夫はできないものかと考えたりもします。

〆の万歳三唱には…

この連盟は、国や東京都に対して加盟自治体が束になって河川整備を求める、昔ながらの圧力団体的な要素が強く、6年前に初めて参加したときの違和感は未だに抜けきれてはいません。最後の万歳三唱もなんとかならんものかと毎年思いますが、山を削り、雑木林を切り拓き、田畑を潰してつくってきた街に暮らす私たち東京の住民にとって、雨水をどうコントロールするのかが重要な課題であることは確かだと思いますし、市内の対策が少しでも進むよう力を尽くしていかないといけないと思っています。

以下の写真は、15日に空堀川(美住町内)で開かれた東村山市総合水防訓練の様子です。
消防署、消防団、地域の防災組織の皆さん等が連携して対応することの大切さを感じました。

水防訓練1

水防訓練2

水防訓練3





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【2009/05/24 11:59】 | まちづくり・都市計画・防災
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久米川駅北口に新設されたロータリー(工事中)の地下に約1,500台収容の駐輪場が完成し、一昨日(18・月)午後、お披露目がありました。
この地下駐輪場は、東村山駅西口の再開発事業とは異なる「沿道街路整備事業」という手法で、地権者の協力を得て駅前広場の用地を確保し、その地下に2年間かけて築造したものです。

久米川駅北口整備事業は、施行主体は東村山市ですが、平成11年以来、事業のほぼ全体を(財)新都市建設公社に委託して進めてきました。そのため、本来は議会の議決が必要な1億5千万円以上の工事契約についても議会にかかることはなくなり、そのような進め方をめぐっては度々批判をし、8億2,300万円の特命随意委託契約の議案審議時にも、質疑の上で、共産党、大塚議員、薄井議員らと反対をした経過があります(議案はもちろん賛成多数で通りましたが)。

あれから約2年。
6億円余りをかけて造られた駐輪場です。できた以上は、絶えずフル回転で使っていただける施設になってもらわなければ困りますし、朝のラッシュ時にストレスやトラブルなく利用していただけるようなものであってほしいと思います。
実際、地下への斜路を自転車を押して上り下りしてみたり、ゲートを通ってみたりしましたが、ふたを開けてみてから改善を必要とする点も出てきそうです。

限られた条件の中ですが、担当所管(都市環境部 道路交通課)では、少しでも使っていただきやすい施設にしようと、駐輪機の構造などについてメーカーに直談判してオリジナルの工夫を施したり、利用者の声を聞いて改善に努めていこうとしたりしていることもわかりました。

※1枚目の写真…不安定さの原因になることの多い「前輪を落とし込む溝」のサイズを若干大きくしたそうです。
※2枚目の写真…駐輪機の塗装を、従来品よりも強くて汚れの落ちやすいものに変えたそうです。また、車輪を乗せる溝の角度を少し変えて入れやすくなっています。


施設管理はサイカパーキングという会社が指定管理者として行いますが、会社の青い制服を着た男性から声をかけられました。近所にお住まいの高齢の男性でした。指定管理者の条件の中に、「市内からの雇用」という項目が入っていたことを思い出しました。「開設時間が長いので、早朝や夜の勤務もあるかもしれませんが頑張りますよ」とおっしゃっていました。
事故やトラブルなく運営されることを願いたいと思います。

尚、久米川北口駅前の整備は、駅舎の改良工事とともに来年3月に全て完成する予定です。


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全体はかなり明るくなっています(照明代がかかりますが)。冷暖房設備はありません。

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市長によるゲート通り初め

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各所に監視カメラが設置されています(これも地下にしたことで必要となった費用ですね)

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自転車の入路は1か所。下りは自転車から降りて押して&上りは小さなベルトコンベアに自転車のタイヤ部分を乗せて前輪ブレーキを握れば楽に上がれる仕組みです。

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駅改札へはこの階段から。

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階段はこのような距離で北口改札口へつながってます。




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【2009/05/20 23:57】 | まちづくり・都市計画・防災
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大塚惠美子議員と薄井政美議員と3人で、新たに会派を結成しました。
14日に届け出を行いましたが若干調整が残っていたため、今日から正式に新たな一歩を踏み出したということになります。

これまで大塚さん(生活者ネットワーク)は、民主党の木内徹議員、奥谷浩一議員と民主・生活者ネットワークという会派を2年間組んでおられ、薄井さん(地元のチカラ)と私(希望の空)は一人会派として活動してきました。
今回、民主・ネットが臨時議会後に解散したことを受け、約半月の間、3人で協議を重ね、以下のような基本合意(会派マニフェスト)を交わすことができましたので、その目的のために会派として残る2年の間、力を尽くしていきたいと思っています。



「変えよう!議会・東村山」 会派マニフェスト

 私たちは、議会運営において、市民に対しよりよい利益をもたらす開かれた民主的な運営をめさし、行政へのチェックと市民の立場に立った政策提案という本来の機能を強化するために、力を尽くし責任をもつために、会派「変えよう!議会・東村山」を結成する。
 会派としての協力、協働の中で互いの自主性、自立性を最大限尊重し、目的達成のために協議を重ね行動し、新たなまちづくりへの発想を磨きあい高めあい、市民の立場に立った議会の活性化、議会改革を追求することとする。

●基本姿勢
・議会を開かれたものとするための改革に取組む。
・環境、福祉、人権、平和、こどもに関わる政策を積極的に進める。
・情報公開と市民参画を進める。
・それぞれが、自らの行動、発言に責任をもつ議員として活動し、政治的立場や見解の相違を尊重する。
・会派としての方向性の一致、認識の共有ついては、徹底した協議を重ねるが、最終的な判断、賛否の態度が分かれる場合は、それを尊重する。
・1年ごとに会派結成の評価を行い、継続の判断をする。


2009年5月

東村山・生活者ネットワーク  大塚恵美子
地元のチカラ           薄井 政美
希望の空             佐藤 真和
 


東村山市議会では、3人以上の会派を交渉会派として認め、会派代表者会議や議会運営委員会等にも参加できるようになります。
他の自治体議会では、1人や2人でも議会運営委員会に参加できたり、様々な一部事務組合、審議会、行政委員会等の委員も全会派から按分して出したりしているところも多く、3人以上でなければ認められないという東村山市議会のルール自体を変えていくべきだという私自身の考えには変わりはありません。
しかし、現実に6年間の議会生活で全くその可能性が見えてきていない中、一人会派の3名が力を合わせることが可能となる機会を得て、「中に入って一石を投じてみよう」という思いを共有することができましたので、結成に踏み切った次第です。
今風に言えば、目的を明確にした「2年間限定の新ユニット」ということになるでしょうか。

調整が残った、というのは、実は会派の名前についてでした。
かなりの時間をかけて協議した上で、先週木曜日に「変えよう!議会」ということで届け出たのですが、「これではスローガンのようだから、会派らしい名称を再検討できないか」という話があり、今一度話し合った結果、「変えよう!議会・東村山」としました。

今日昼過ぎ、正副議長を3人で訪ね、挨拶かたがた経過を説明しました。
議長からは「議員は市民のため、市民生活のために力を尽くすことが仕事であって、議会を変えることが目的ではないはず」とご意見をいただき、副議長からもほぼ同様のアドバイスをいただきました。
また、議長からは「温故知新」ということで、先人の皆さんが積み重ねてこられたことの重さを十分感じてほしい、というご意見とともに、私も若い頃は議会を変えるために強い意志を持って頑張ったという具体的な話もいただきました。
歴史に大いに学びながら、変えるべきものは思い切って変えていくという議長の言葉に、さらに意を強くしたところです。

また、議員が議会改革を旗印に会派を組むということは、確かに違和感があるだろうとは思っています。本来は不要であるべきだとも思いますし。
しかし、心ある全国の地方議員が議会を変えるために動き出し、大きなうねりとなっている今(※1)(※2)、この東村山市議会にいおいて2年という間に具体的な「一石」をどれだけ投じることができるのか…とことんトライしてみたいと思っています。

私自身は、国とは明らかに異なる二元代表制をとる地方議会においては、一人一人の議員が十分に民意を感じた上で自分の判断に基づいて行動すべきであり、いわゆる国政同様の与党だ野党だというレッテル貼りで思考停止に陥ったり、数の論理だけでものごとを片付けたりすることはおかしいと考えています。

これまで一人会派で来ましたので、自分自身の主張をそのままストレートに発してきましたし、調整や合意形成に向けた努力ということとはほとんど無縁で、ある意味身軽な立場でした。
会派を組むことにより、新たに学んだり、自分自身改善しなければならないこともたくさんあるとは思います。
2年間で何かが大きく変えられるとも思っていませんが、何もしなければそのまま過ぎてしまいます。
市民から見える議会、大いに関心を持って語っていただける議会に近づけるために、大塚さん、薄井さんと力を合わせて頑張ってみますので、どうぞこれまで以上に忌憚のないご意見、アドバイス等お寄せいただきますようお願いいたします。

5月18日 佐藤真和


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【2009/05/18 23:00】 | 変えよう!議会
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応援します!
ksofuto2918
フツーの町は「変えよう!東村山」なんでしょうが、「変えよう!議会」としなければならないのは少し淋しいですよね。でも現実を直視するとこの名称がぴったり。議会内部からの旧態依然の体質改善大いに期待すると共に、市民一人一人が自分のこととして考えなければならない問題でもあります。歩みは遅いかもしれませんが、少しずつでも変えていきましょう。

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昨日(16・土)は「第4次総合計画」策定のための市民ワークショップ「東村山の未来を考える市民会議」、今日は「東村山駅周辺まちづくり基本構想」策定のために初めて設けられた「まちづくりワークショップ」。いずれも見学者(傍聴)として一部始終を見させていただきました。

まずは「東村山の未来を考える市民会議」から。


72名の公募市民と24名の若手・中堅職員によるプロジェクトが、テーマ別に8つのグループ(途中から9つ)に分かれて東村山市の現状についての分析を続けて間もなく4か月。
昨日は6回目ということで、これまでの「中間まとめ」の発表の場として開かれました。傍聴者は市民、市職員、議員5名等々15名ほど。

1グループ15分の持ち時間の中で、それぞれのテーマについて「評価できるところ、できないところ」の議論を重ねてきたことを踏まえて、ある程度の意見集約と最終的な提案(提言)に向けたポイントらしきものが徐々に明らかになってきたように思います。
直前にはいくつかのグループで、「自分の意見を中心に据えた発表内容にしたいと主張する声の大きな方がいて若干混乱している」とか「扱うテーマが広すぎて総花的な話に終始している」等という声も耳にしていましたが、各グループともメンバーの合意点、到達点を総意として伝えようと努力されているように感じましたし、絵や図を用いて工夫を凝らすグループがあったりして、3時間半もの長丁場とは思えない時間を過ごしました。

ただ、現状をかなり正確にとらえてその延長線上の議論をしているグループもあれば、それぞれの思いを土台に方向性を模索していると思われるグループもあり、提言とりまとめに向けたこれからの作業にはかなりのエネルギーが要りそうです。
なかなか話が噛み合わないという声や、前提となる市の状況を共有できていないという声も聞いているので、もう少し、それぞれのテーマについての基礎情報(市としての取り組みの到達度や制度の概要、国や都レベルの状況等)を参加している方々に提示して共有する必要もあるのではないかと感じました。

とはいえ、このような形で喧々諤々、立場や世代を超えた議論を積み重ねてきたことによって、メンバー同士、メンバーと職員との信頼関係が生まれてきたことは大きな収穫だと思います。
もちろん、個々の思想信条や価値観、施策の優先順位についての考え方は簡単に変わるものではありませんが、相手の考えや思いを知り、互いの違いを理解することで、粘り強く合意形成を図っていこうという風土は少しずつ広がっていくのではないかと感じます。
そのためには、市が市民を信頼し、時期を逸することなく情報を開示、共有することが大前提となります。

「モノ言う市民は敵なんかじゃない。むしろ大いに一緒に汗を流す同志だと思ってるんだ」
若い頃に大変お世話になった、ある自治体職員の言葉を思い出しました。

次回は5月31日(日)午前9時。8月に予定している市長への提言書とりまとめに向け、作業は続きます。
参加されている皆さん、職員PTの皆さん、そして事務局の皆さん。ホントにおつかれさまです。


続いて今日午後1時半から5時近くまで開催された「まちづくりワークショップ」。
これまで何度か辛めの記事を書き、直前にはワークショップへの参加を呼びかけさせていただきました。
参加は、既に設けられている協議会の方たちを含めて約30人。進行役はNPO法人アーバンデザイン東村山会議(通称UD)の方たちが務めていました。

東村山駅周辺まちづくり基本構想については、この範囲の土地利用について今年度中に検討して提言をまとめようという趣旨でスタートしたものですが、西武線の連続立体交差事業国の着工準備箇所として全国3か所のうちの一つとして採択された(4月1日)ことで、一気に現実味を帯びて論じられるようになってきました。

今日のワークショップでも、大きな踏切で分断されていることや狭く傷んだ道路が多いこと、車いすやベビーカーでは怖くて仕方ないこと、自転車で安心して移動できる道がないこと、せっかくの名所旧跡の案内情報が乏しいこと等々、日々感じている問題点が数多く出されるとともに、府中街道や鷹の道、東村山駅北側の大踏切などが解消することについてはどのテーブルでも歓迎する声が多く出されました。
30年間はかかるなどと言わないで一日も早く実現してほしい、内容については大いに多くの市民で議論をしていこう、若い世代の声もしっかり聞いていこう、街を壊さない立体化はできないのか等々、様々な声が出されていました。

今後は、対象地域にお住まいの世帯に対して間もなくアンケート調査を実施し(約7,000世帯)、7月中旬には市民対象の説明会、9月12日には2回目のワークショップを開催するとのこと。

市の最上位計画である「総合計画」策定との関係から見ると、それより1年早くこちらを取りまとめる必然性についてはまだ自分の中ですっきりと落ちていない面もあるのですが、所管として情報を開示して広く市民の目に触れる形で進めて、このような形で様々な意見を自ら集めようとしていることは正しく評価しなくてはいけないと思いますし、市内の専門家集団「UD」の皆さんの積極的な参画は市にとっても大きな力だということを感じた場でした。

みなさん、おつかれさまでした。


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【2009/05/17 23:55】 | 総合計画
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