無所属の東村山市議会議員・佐藤まさたかです。市議としての活動、考え、こぼれ話、余談、雑感…。実感ある発信を続けていきたいと思っています。
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待機児童とは、保育園に入ることを希望していて、入る資格もあるけれど入れない、という状態の児童を指します。
今日現在でも待機を余儀なくされている方は100名前後おり、切実な状況におかれていることも事実です。

東村山市ではこの数年、保育問題をめぐって大変な混乱が続いていますが、その入り口にあったのは、一刻も早く待機児童を減らす、という大きな課題でした。
数年前のピーク時には300名を数え、厚生省(現厚生労働省)から名指しで指摘されたこともありました。
当時の議会議事録を紐解いても、待機児解消についての質問がされない議会は殆どなかったことがわかります。

「とにかく待機児を減らしたい」。
東村山市は他市以上に追い詰められていました。
そんな東村山市にとって、厚生省が「待機児解消」を目的に平成12年3月30日に出した「295号通知」は、大きな転機となりました。
それまでは原則として公立か社会福祉法人立しか認められていなかった認可保育所の運営主体が、「一定の条件のもと」、株式会社やNPO等も可となったのです。

この改正を受け、初の株式会社立「わくわく保育園」が市内久米川町に開園したのは、13年9月1日のこと。
他の自治体がまだ慎重な対応に終始していた頃ですので、いち早く、という印象があります。それだけ切羽詰っていた、ということだったのだろうと思います。

議会や市の保健福祉協議会「児童育成計画推進部会」でも取り上げられ、一定の協議・検討が行われて開園にこぎつけたのですが、後で考えると、このシフトチェンジは極めて重大なものでした。
それゆえに、この段階で将来のことも見据えつつ、もう少し慎重で丁寧な議論や、ルールの整理がなされるべきではなかったのかと、その後に発生した大問題のただ中で感じます。


野口町にある大善院の前の借家に、「りんごっこ保育室」という小さな無認可保育所が開設されたのは、平成12年が13年にかわる頃のことでした。(続く)


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そんな東村山市にとって、厚生省が「待機児解消」を目的に平成12年3月30日に出した「295号通知」は、大きな転機となりました。
それまでは原則として公立か社会福祉法人立しか認められていなかった認可保育所の運営主体が、「一定の条件のもと」、株式会社やNPO等も可となったのです。

この改正を受け、初の株式会社立「わくわく保育園」が市内久米川町に開園したのは、13年9月1日のこと。
他の自治体がまだ慎重な対応に終始していた頃ですので、いち早く、という印象があります。それだけ切羽詰っていた、ということだったのだろうと思います。

議会や市の保健福祉協議会「児童育成計画推進部会」でも取り上げられ、一定の協議・検討が行われて開園にこぎつけたのですが、後で考えると、このシフトチェンジは極めて重大なものでした。
それゆえに、この段階で将来のことも見据えつつ、もう少し慎重で丁寧な議論や、ルールの整理がなされるべきではなかったのかと、その後に発生した大問題のただ中で感じます。


野口町にある大善院の前の借家に、「りんごっこ保育室」という小さな無認可保育所が開設されたのは、平成12年が13年にかわる頃のことでした。(続く)


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【2008/01/30 23:57】 | 未分類
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