無所属の東村山市議会議員・佐藤まさたかです。市議としての活動、考え、こぼれ話、余談、雑感…。実感ある発信を続けていきたいと思っています。
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午前中の総合震災訓練に続いて、午後は中央公民館で開かれた「平和のつどい」に出向きました。
市長と会の副代表の方からの挨拶に続き、三鷹市被爆者の会代表・出島艶子さんによる被爆体験のお話がありました。
タイトルの言葉は、出島さんがお話の最後におっしゃったものです。
18歳で爆心地からわずか600m地点で被爆、今年80歳になられるそうですが、立ったまま凛としてお話くださった30分余りの体験談は、深く深く胸を打たれるものでした。

お話をされる出島さん

原爆の落ちた朝、いつも通りに出かけていった父と姉に、二度と会うことはありませんでした。7歳だった弟も行方がわからず、骨を拾ってあげることもできませんでした。
もう決して私のような被爆者をつくったらいけない。
きっと、被爆体験を話してくれ、と私を生き残してくれたのだと思うのです。
だから、命あるうちは車椅子になっても被爆体験を話していきたいと思っています。


胸に刻まれた言葉のほんの一部ですが、切々と、力のこもった言葉が続きました。
命をかけて「戦争に反対してください」と訴え続けている出島さん。
日本だからできること、日本だからしなければならないこと。
実際に戦禍にさらされた方たちが語って伝えてくださっているうちに踏み出さないと、日本は危うい道をさらに進むことになる。そんな危機感をひしひしと感じながら帰ってきました。
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原爆の落ちた朝、いつも通りに出かけていった父と姉に、二度と会うことはありませんでした。7歳だった弟も行方がわからず、骨を拾ってあげることもできませんでした。
もう決して私のような被爆者をつくったらいけない。
きっと、被爆体験を話してくれ、と私を生き残してくれたのだと思うのです。
だから、命あるうちは車椅子になっても被爆体験を話していきたいと思っています。


胸に刻まれた言葉のほんの一部ですが、切々と、力のこもった言葉が続きました。
命をかけて「戦争に反対してください」と訴え続けている出島さん。
日本だからできること、日本だからしなければならないこと。
実際に戦禍にさらされた方たちが語って伝えてくださっているうちに踏み出さないと、日本は危うい道をさらに進むことになる。そんな危機感をひしひしと感じながら帰ってきました。
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【2007/09/01 23:01】 | まちづくり・都市計画・防災
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No title
さかえ
久しぶりに東村山に戻ってきたら、もう涼しいですね。
長崎に行っていました。
東村山で育った我が子と、被爆地長崎で育った姪。まだどちらも小学生なのに、戦争に対しての知識量と気持ちが全然違い、親として反省です。二人の夏休みの宿題でも、姪のものには戦争はいけないという内容のものもあり、我が子はそれを驚きながら読んでいました。
日々の教育と、戦争は駄目だと教えようという大人の熱意の違い。この差は大きいですね。長崎の学校にいると、掲示物や図書館に、自然と戦争について知るものがあります。だから、何か発表する機会があると、いつも何人かは「戦争について考えてきた」との子供がいたように思います。
そういえば、東村山にいると、生活にそういう空気がないなあと考えさせられました。
私も、せっかく教え続けてもらった立場なので、家庭でしっかりと話をし続けようと思います。


全く同感です。
佐藤まさたか
さかえさん コメントありがとうございます。

この夏、ふと思い立って広島を一人旅しているんだ、という昔の同僚からメールが来ました。
子どもたちと向き合う仕事を長く続けている人なのですが、広島を歩き、「やはり大きく違う」と伝えてきました。
同時に、広島や長崎の市長は、本当に大変な職責だと思う、とも。
世界の平和を願い続け、行動、発信を続けていることが広島にしばらくいてよくわかった、と。

>日々の教育と、戦争は駄目だと教えようという大人の熱意の違い。
私も娘たちと普段から少しずつ話をしていこうと改めて思いました。


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この記事へのコメント
No title
久しぶりに東村山に戻ってきたら、もう涼しいですね。
長崎に行っていました。
東村山で育った我が子と、被爆地長崎で育った姪。まだどちらも小学生なのに、戦争に対しての知識量と気持ちが全然違い、親として反省です。二人の夏休みの宿題でも、姪のものには戦争はいけないという内容のものもあり、我が子はそれを驚きながら読んでいました。
日々の教育と、戦争は駄目だと教えようという大人の熱意の違い。この差は大きいですね。長崎の学校にいると、掲示物や図書館に、自然と戦争について知るものがあります。だから、何か発表する機会があると、いつも何人かは「戦争について考えてきた」との子供がいたように思います。
そういえば、東村山にいると、生活にそういう空気がないなあと考えさせられました。
私も、せっかく教え続けてもらった立場なので、家庭でしっかりと話をし続けようと思います。
2007/09/02(Sun) 14:39 | URL  | さかえ #-[ 編集]
全く同感です。
さかえさん コメントありがとうございます。

この夏、ふと思い立って広島を一人旅しているんだ、という昔の同僚からメールが来ました。
子どもたちと向き合う仕事を長く続けている人なのですが、広島を歩き、「やはり大きく違う」と伝えてきました。
同時に、広島や長崎の市長は、本当に大変な職責だと思う、とも。
世界の平和を願い続け、行動、発信を続けていることが広島にしばらくいてよくわかった、と。

>日々の教育と、戦争は駄目だと教えようという大人の熱意の違い。
私も娘たちと普段から少しずつ話をしていこうと改めて思いました。
2007/09/03(Mon) 22:17 | URL  | 佐藤まさたか #-[ 編集]
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