無所属の東村山市議会議員・佐藤まさたかです。市議としての活動、考え、こぼれ話、余談、雑感…。実感ある発信を続けていきたいと思っています。
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少し前のことになりますが、先週18日(土)の朝日新聞多摩版にこんな記事が載っていました。
「ハンセン病 法制定キャンペーン 東村山100万人署名目指す」

記事にはこうあります。

国立療養所「多磨全生園」の地元・東村山市で17日、「ハンセン病問題基本法」制定100万人署名運動のキャンペーンが始まった。全生園入所者自治会の佐川修会長や、前市長で今春発足したNPO法人「東村山活き生きまちづくり」の細渕一男理事長ら関係者約40人が東村山駅前で出発式をし、同駅前の久米川駅前で署名を呼びかけた。

記事はまだ続くのですが、ハンセン病問題基本法については、ハンセン病国賠弁護団ハンセン病のリンク集のページで詳細や経過がわかります。
市内でも様々な方たちが既に署名活動に取り組んでおられるので、どこかで目にした方も増えてきているのではないでしょうか。
先日は、市長の活動日誌(4月9日)でも報告があり、昨日更新分(4月17日付)には市長自ら署名活動に取り組んだ様子が写真入りで掲載されています。

今国会での法制定を目指した取り組みとのことですので、署名活動に取り組まれている皆さんには敬意を表したいと思いますし、署名活動が実り、一日も早く基本法が制定されることを祈りたいと思います。

ところで…です。



市長の活動日誌にもある、細渕一男前市長や澤田泉前副市長が2月に設立したNPO法人「東村山活き生きまちづくり」とはなんでしょうか?
澤田前副市長が中心となり新たなNPO設立が進んでいる、とは漏れ聞いてはいましたが、このことだったのですね。

この日の朝日新聞記事に添えられた写真には、前収入役と前教育長らがお揃いのジャンパーを着て写っています。お疲れ様です、と素直に申し上げたいと思います。

しかし、ん?NPOなんですよね。

もちろんNPOといえば市民の自発的な活動ですから、それ自体は自由かつ多様でありますし、いまや市民自治の大事な担い手として欠くことのできない大切な存在です。
議会でも多くの議員がNPOを含めた市民活動のサポート、振興策を問い、様々な提案も行われてきました。
しかし正直言って、「市民との協働」を連発するわりに、実態としては積極的な姿勢が見られず、一つの大きな課題になっている分野だと私も考え、発言もし、我孫子市等の先進市から学んできました。

4年前だったでしょうか…それまで市民部市民生活課にあったNPO担当を「強化するため」として政策室へ移管しました。
しかし、庁内検討ばかりが繰り返され、実際にはマニュアルとはとても言い難い「協働マニュアル」、今ごろどうしてこんな調査?という声も多く聞かれたアンケート実施など、市民活動がより活発に展開され豊かにネットワークが広がるための実際のサポートには、いつになったら手をつけるのだろう?と思っていました。

そうしたら、前市長と前副市長が名を連ねたNPOだと言います。
どうもよくわからないので、先日別件で都庁へ行った際、都民生活部管理法人課で確かめてきました。

今年2月27日に設立された法人の理事長は報じられた通り、細渕一男前市長です。
副理事長には、澤田前副市長をはじめ5人の方。いずれも細渕前市長にきわめて近いということを私でも存じ上げている方々。
そして理事には…8人の方が就任されていますが、元部長、元議員、元団体会長等の皆さんが名を連ねておられ、監事には元監査委員が就任されているという驚くべき強力な布陣です。すごい…。

全生園のことを全市民、全国民共通のものとするためには、全国ハンセン病療養所所在地自治体代表者会議の会長であった前市長が理事長であることは大きな力になるだろうと思います。


しかし…一つのNPOとして見た場合、どうもすっきりしません。

別に私自身が細渕前市長とどう向き合っていたのか、ということとは関係なくです。

実質的にごくごく最近まで東村山市の舵取りを公務として担ってきた最高責任者と副責任者、そしてそこに近い方たちばかりが名を連ねる「意味」「重さ」を、ご本人たちはどのように考えておられるのでしょう?

NPO法人「東村山活き生きまちづくり」は、事業の目的をこう明記しています。
「この法人は、新しいまちづくりにおいて取り組むべく、市民と行政、企業との協働によるより良い地域コミュニティの実現を目指し、まちづくりに関する調査・研究及び緑の育成・保全等による環境保全活動等を行うと共に、既存の地域資源の活用等による人権教育等の人づくり活動を行うことを通じて、広く一般市民の人々が豊かな自然環境のもと心豊かで健康な生活を送ることのできる地域コミュニティつくりに寄与することを目的とする。」

目的を共有しようというあらゆる広範な市民の参画を前提としていると考えてよいのでしょうか?

また、理事の一人に、現役の部長、それも市全体のNPO振興を図るべき所管の責任者が入っていることは、果たして適切なのでしょうか?
これからの時代、NPOが行政の一翼を担うことは大いにあるでしょうし、すでに介護や子育て支援の分野で公共の担い手として頑張っているNPOがいくつもあります。
このNPOは、事業委託や補助金交付、といった対象になる可能性は全くない団体なのでしょうか?

またこれから、NPO間のネットワークやさらなる連携、発展を模索しようというとき、一つだけ特別な感じのするNPOがあることや、特定の団体の理事に市側の責任者がいることの意味を、どのように他の団体や一般の市民に説明するのでしょうか?俗に言う力関係についても、どう整理するのでしょう?
今役所に求められていることはこういうことなのだろうか?と私は疑問に感じています。

さらに、もっと気になっていることがあります。
NPOで最も大切な、実働部隊は誰が担うのでしょう?
大きなお世話だ、という声が聞こえてきそうですし、確かにそうかもしれません。

政策室長に伺ってみたいと思っています。
この法人の設立準備のために、市の職員が公務で動いたというようなことはないですよね。これからもありませんよね、と。
本当に必要な事業であるならば、必要な金や人をどこから持ってくるかは別の問題として、市の事業にオープンかつ明確に位置づけ、その進め方も市民誰からも、庁内からも見えるようにオープンにすべきではないでしょうか。

澤田さんは現在、昨夏に新設された行政アドバイザーとして、市のために週1回(水曜日)、全くの無給で尽力くださっていることが、3月議会一般質問によってわかりました。
そのことには率直に感謝しつつ、伺おうと思っています。
このNPO立ち上げは全くの一市民としてプライベートな時間に行われたものですよね、と。

東村山市内には現在、NPOが約30団体、ボランティア団体は100以上あると聞きます。
どの団体も、他の団体と同じように大切にされるべきだと思いますし、同時に、既得権を与える特別扱いは排除されなければならないと思います。


全国どこでも、市民は実に多様で、エネルギッシュで、既成の行政の壁など軽々と越えて活動を展開しています。
そして行政は、そのバックアップやコーディネートにこそその力量が問われ、新たな価値の創造が様々な分野で起こっています。


官製NPOという批判に市はどう答えるのか?

官が描くイメージを超えた市民活動の未来を、どう考えていくのか?

東村山市の「協働」はどこへ向かうのか?

この一週間、頭の中から離れないのです…。
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市長の活動日誌にもある、細渕一男前市長や澤田泉前副市長が2月に設立したNPO法人「東村山活き生きまちづくり」とはなんでしょうか?
澤田前副市長が中心となり新たなNPO設立が進んでいる、とは漏れ聞いてはいましたが、このことだったのですね。

この日の朝日新聞記事に添えられた写真には、前収入役と前教育長らがお揃いのジャンパーを着て写っています。お疲れ様です、と素直に申し上げたいと思います。

しかし、ん?NPOなんですよね。

もちろんNPOといえば市民の自発的な活動ですから、それ自体は自由かつ多様でありますし、いまや市民自治の大事な担い手として欠くことのできない大切な存在です。
議会でも多くの議員がNPOを含めた市民活動のサポート、振興策を問い、様々な提案も行われてきました。
しかし正直言って、「市民との協働」を連発するわりに、実態としては積極的な姿勢が見られず、一つの大きな課題になっている分野だと私も考え、発言もし、我孫子市等の先進市から学んできました。

4年前だったでしょうか…それまで市民部市民生活課にあったNPO担当を「強化するため」として政策室へ移管しました。
しかし、庁内検討ばかりが繰り返され、実際にはマニュアルとはとても言い難い「協働マニュアル」、今ごろどうしてこんな調査?という声も多く聞かれたアンケート実施など、市民活動がより活発に展開され豊かにネットワークが広がるための実際のサポートには、いつになったら手をつけるのだろう?と思っていました。

そうしたら、前市長と前副市長が名を連ねたNPOだと言います。
どうもよくわからないので、先日別件で都庁へ行った際、都民生活部管理法人課で確かめてきました。

今年2月27日に設立された法人の理事長は報じられた通り、細渕一男前市長です。
副理事長には、澤田前副市長をはじめ5人の方。いずれも細渕前市長にきわめて近いということを私でも存じ上げている方々。
そして理事には…8人の方が就任されていますが、元部長、元議員、元団体会長等の皆さんが名を連ねておられ、監事には元監査委員が就任されているという驚くべき強力な布陣です。すごい…。

全生園のことを全市民、全国民共通のものとするためには、全国ハンセン病療養所所在地自治体代表者会議の会長であった前市長が理事長であることは大きな力になるだろうと思います。


しかし…一つのNPOとして見た場合、どうもすっきりしません。

別に私自身が細渕前市長とどう向き合っていたのか、ということとは関係なくです。

実質的にごくごく最近まで東村山市の舵取りを公務として担ってきた最高責任者と副責任者、そしてそこに近い方たちばかりが名を連ねる「意味」「重さ」を、ご本人たちはどのように考えておられるのでしょう?

NPO法人「東村山活き生きまちづくり」は、事業の目的をこう明記しています。
「この法人は、新しいまちづくりにおいて取り組むべく、市民と行政、企業との協働によるより良い地域コミュニティの実現を目指し、まちづくりに関する調査・研究及び緑の育成・保全等による環境保全活動等を行うと共に、既存の地域資源の活用等による人権教育等の人づくり活動を行うことを通じて、広く一般市民の人々が豊かな自然環境のもと心豊かで健康な生活を送ることのできる地域コミュニティつくりに寄与することを目的とする。」

目的を共有しようというあらゆる広範な市民の参画を前提としていると考えてよいのでしょうか?

また、理事の一人に、現役の部長、それも市全体のNPO振興を図るべき所管の責任者が入っていることは、果たして適切なのでしょうか?
これからの時代、NPOが行政の一翼を担うことは大いにあるでしょうし、すでに介護や子育て支援の分野で公共の担い手として頑張っているNPOがいくつもあります。
このNPOは、事業委託や補助金交付、といった対象になる可能性は全くない団体なのでしょうか?

またこれから、NPO間のネットワークやさらなる連携、発展を模索しようというとき、一つだけ特別な感じのするNPOがあることや、特定の団体の理事に市側の責任者がいることの意味を、どのように他の団体や一般の市民に説明するのでしょうか?俗に言う力関係についても、どう整理するのでしょう?
今役所に求められていることはこういうことなのだろうか?と私は疑問に感じています。

さらに、もっと気になっていることがあります。
NPOで最も大切な、実働部隊は誰が担うのでしょう?
大きなお世話だ、という声が聞こえてきそうですし、確かにそうかもしれません。

政策室長に伺ってみたいと思っています。
この法人の設立準備のために、市の職員が公務で動いたというようなことはないですよね。これからもありませんよね、と。
本当に必要な事業であるならば、必要な金や人をどこから持ってくるかは別の問題として、市の事業にオープンかつ明確に位置づけ、その進め方も市民誰からも、庁内からも見えるようにオープンにすべきではないでしょうか。

澤田さんは現在、昨夏に新設された行政アドバイザーとして、市のために週1回(水曜日)、全くの無給で尽力くださっていることが、3月議会一般質問によってわかりました。
そのことには率直に感謝しつつ、伺おうと思っています。
このNPO立ち上げは全くの一市民としてプライベートな時間に行われたものですよね、と。

東村山市内には現在、NPOが約30団体、ボランティア団体は100以上あると聞きます。
どの団体も、他の団体と同じように大切にされるべきだと思いますし、同時に、既得権を与える特別扱いは排除されなければならないと思います。


全国どこでも、市民は実に多様で、エネルギッシュで、既成の行政の壁など軽々と越えて活動を展開しています。
そして行政は、そのバックアップやコーディネートにこそその力量が問われ、新たな価値の創造が様々な分野で起こっています。


官製NPOという批判に市はどう答えるのか?

官が描くイメージを超えた市民活動の未来を、どう考えていくのか?

東村山市の「協働」はどこへ向かうのか?

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【2008/04/25 23:55】 | もろもろ
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