無所属の東村山市議会議員・佐藤まさたかです。市議としての活動、考え、こぼれ話、余談、雑感…。実感ある発信を続けていきたいと思っています。
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先週末、一人の旧友が東村山を訪ねてくれました。



出会いは23年前。大学の児童文化研究部の新入生として、私が勤め始めた日野社会教育センターのボランティアスタッフに来てくれた彼は、その後4年間、子どもたちのキャンプやスキーのリーダーとして大活躍してくれ、卒業と同時に後輩職員とりなました。
彼が夢であった教員を目指したいと退職するまでの約5年間、昼夜たがわず汗を流し、時に激論をたたかわせ、ともに働いていました。どの場面を思い出してみても、お互い、Tシャツやジャージ姿ばかり。

故郷に帰った彼は、数年後に思いもかけず国会議員の地元秘書となり、6年前に市議会議員に担ぎ出され、1期目を終わると同時に県議会議員になりました。

彼はある大きな団体のメンバーであり、そのことをめぐっては(仕事とは関係ないのですが)しばしば深夜まで激論、というよりも口論を重ねたこともありました。
なぜ信仰が最優先なのか、なぜピラミッドのような組織に依拠するのか…、その話題になると私はいつも喧嘩腰でしたし、彼はいっそう態度を硬くするばかりでした。


あれから15年。
都内での会合のために上京する彼でしたが、「まさたかさん(彼はそう呼ぶ)がどんな空気吸いながら頑張ってるのか一度感じてみたいから、東村山へ行きますわ」と、忙しい合間を縫って来てくれたのでした。

東村山駅の改札口で待ち合わせ、西口再開発の現場に立ち、コンコースから狭山丘陵の緑を眺め、なじみの店で4時間ほど酒を酌み交わしました。
「若い頃、あの現場で体で学んだことが今の自分の根っこになっている」と彼。全く同感。
北海道美幌町、佐渡相川、新潟五日町、飛騨御岳山、鹿児島県甑島…全国の自然の中へ子どもたちと出かけ、大勢のスタッフとつくった毎日。今で言うところの高齢者の介護予防活動の先がけだった「いきいき体操」の出張指導。地元の様々な団体とタイアップして企画した地域おこしイベント。
お互いに思いもよらぬ形で現在の仕事をさせてもらっているわけですが、何一つ無駄になっていないことを今になって実感している、と。

昔話から入ったのですが、じきに議会人としての話へ。

彼は市議会の4年間、他会派の議員との勉強会を仕掛け、共同でルール改正を手がけ、自分の会派から疎まれてばかりだったと笑います。
そして今、全国の議会改革をリードする三重県議会において、たった2人の少数会派ながら様々なトライを続けているようです。
「内輪(うちわ)で認め合ってても、なんにも変わらんですからね」と彼。

彼が今の立場になったことに賛辞を送りながらも、組織あってのこと、とどこか冷めた見方をしていたこと、レッテルを貼って片付けていたことを私は恥じました。
「いやぁ、実は一番楽しかったけれど、頭に来ることが一番多かったのも、まさたかさんでしたよ」と彼。そうだろうな…。

仲間に新たな元気をもらった夜。今度は三重で、と笑顔で改札口へ消える後姿を見送り、私も帰路につきました。
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出会いは23年前。大学の児童文化研究部の新入生として、私が勤め始めた日野社会教育センターのボランティアスタッフに来てくれた彼は、その後4年間、子どもたちのキャンプやスキーのリーダーとして大活躍してくれ、卒業と同時に後輩職員とりなました。
彼が夢であった教員を目指したいと退職するまでの約5年間、昼夜たがわず汗を流し、時に激論をたたかわせ、ともに働いていました。どの場面を思い出してみても、お互い、Tシャツやジャージ姿ばかり。

故郷に帰った彼は、数年後に思いもかけず国会議員の地元秘書となり、6年前に市議会議員に担ぎ出され、1期目を終わると同時に県議会議員になりました。

彼はある大きな団体のメンバーであり、そのことをめぐっては(仕事とは関係ないのですが)しばしば深夜まで激論、というよりも口論を重ねたこともありました。
なぜ信仰が最優先なのか、なぜピラミッドのような組織に依拠するのか…、その話題になると私はいつも喧嘩腰でしたし、彼はいっそう態度を硬くするばかりでした。


あれから15年。
都内での会合のために上京する彼でしたが、「まさたかさん(彼はそう呼ぶ)がどんな空気吸いながら頑張ってるのか一度感じてみたいから、東村山へ行きますわ」と、忙しい合間を縫って来てくれたのでした。

東村山駅の改札口で待ち合わせ、西口再開発の現場に立ち、コンコースから狭山丘陵の緑を眺め、なじみの店で4時間ほど酒を酌み交わしました。
「若い頃、あの現場で体で学んだことが今の自分の根っこになっている」と彼。全く同感。
北海道美幌町、佐渡相川、新潟五日町、飛騨御岳山、鹿児島県甑島…全国の自然の中へ子どもたちと出かけ、大勢のスタッフとつくった毎日。今で言うところの高齢者の介護予防活動の先がけだった「いきいき体操」の出張指導。地元の様々な団体とタイアップして企画した地域おこしイベント。
お互いに思いもよらぬ形で現在の仕事をさせてもらっているわけですが、何一つ無駄になっていないことを今になって実感している、と。

昔話から入ったのですが、じきに議会人としての話へ。

彼は市議会の4年間、他会派の議員との勉強会を仕掛け、共同でルール改正を手がけ、自分の会派から疎まれてばかりだったと笑います。
そして今、全国の議会改革をリードする三重県議会において、たった2人の少数会派ながら様々なトライを続けているようです。
「内輪(うちわ)で認め合ってても、なんにも変わらんですからね」と彼。

彼が今の立場になったことに賛辞を送りながらも、組織あってのこと、とどこか冷めた見方をしていたこと、レッテルを貼って片付けていたことを私は恥じました。
「いやぁ、実は一番楽しかったけれど、頭に来ることが一番多かったのも、まさたかさんでしたよ」と彼。そうだろうな…。

仲間に新たな元気をもらった夜。今度は三重で、と笑顔で改札口へ消える後姿を見送り、私も帰路につきました。
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【2009/05/27 12:15】 | 未分類
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