無所属の東村山市議会議員・佐藤まさたかです。市議としての活動、考え、こぼれ話、余談、雑感…。実感ある発信を続けていきたいと思っています。
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矢野・朝木両市議から請願代表人の方と私たち紹介議員二人が名誉棄損で訴えられた民事訴訟。今日は東京地裁八王子支部で第2回口頭弁論がありました。
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先月の第1回目は一方的に通告された日程だったので、弁護士も私たちも都合がつかず、準備書面による「擬制陳述」という形をとりました。
ゆえに今日は私たちにとっては法廷デビュー。
通い慣れた矢野・朝木市議は、昨日も今日も2件ずつのハシゴだったようですが、戸惑い気味の私たちを尻目に余裕の笑顔で法廷へ。さすがです(笑)
裁判官は3名。
起立してください、の声で、起立、礼。15時32分、開廷です。
訴状全文を以前載せましたが、今日は「訴え変更申立書」というものが彼らから出されました。要は、第1回の時に裁判官から整理し直すように指摘された点と、先週こちら側から提出した準備書面の内容を踏まえて、訴状の一部を加筆・訂正してきたものです。

基本的には主張内容は変わらないようですが、こちらはまたそれに対して、次回までに認否を明らかにすることになります。


裁判官の言葉、なぐり書きのメモから少し起こしてみます。

(前回よりも)主張は若干整理されたかと思いますが、基本的には請願の趣旨が名誉棄損かどうかということでしょう。

公務員の罷免を求めることは許されているのだから、適格性がない、とすること自体は当然のこととも言えますね。
罷免を求められた方からは名誉棄損ととれるかもしれないですが、それがどこまで事実に基づく主張なのか、ということになるのでは。

要は、書かれていることから、生の事実というよりは、どう評価するかという論評に類する事案かな、と。
どういう事実を基礎にどう論評したか。脅迫的、名誉棄損的、の表現が正しいのか。正しくなくても…(聞き取れず)

紹介議員がどこまで責任負うかについては、付随的な論点かと。



その後、次回の日程を調整し、1月23日(水)15:00と決まりました。

15時40分、閉廷。8分間のデビュー戦でした。
こんなもんなんですか?と尋ねると、「いやぁ、今日は長い方だよ」と弁護士の先生。

それにしても、不慣れな私たちに比べ、向かいに座る矢野・朝木市議は、裁判が始まるまで落ち着き払っていて楽し気に見えました。
「ようこそ、マイホームグランドへ」というところでしょうか。
でも審理が始まると、先方の弁護士含めてその表情は三者三様で、大変興味深いものでした。

私たち被告3名はもちろん、傍聴者も7名ほどいらっしゃったので、また別の視点からレポートがされるかもしれません。遠路来てくださった皆さん、どうもありがとうございました。


それにしても、民事裁判って、濡れ衣であろうが言いがかりであろうが、訴えられたら応戦しないと、認めたことになって負けてしまうんです。これっておかしくないでしょうか?
たとえば以前、全く身に覚えのない嫌疑を市議会議員からかけられ突然訴えられた少年が、やむを得ず弁護士を立てて闘って着せられた汚名を晴らしたそうです。全くひどい話だと思いますが、彼の弁護士費用を濡れ衣を着せようとした市議会議員が払った、という話は聞いたことがありません。東村山で起こったことのようですが…。
世の中ごく一般の人は、突然訴えられたりしたって、弁護士費用はかかるし、なにより仕事を休んで裁判所へなんか行くことは難しいし…大変な負担になるはずです。

なんなら裁判だぞ、という空気を普段から撒き散らかしているような人物がいたら、かかわりを持たないように、と普通は思ってしまうでしょう。
世の中には裁判マニアと言われる輩もいるようですが、人と人との信頼関係が築けないなんて、なんて情けくて悲しい話なのでしょう。
そういう人物に限って、自分の気に入らない対象を無理矢理ひとつのカテゴリーでくくって片付けようとしたりして…。これまた淋しい話です。

人ってそんな一面的なレッテルで生きているわけじゃないですし、人と人との関係って、そんな貧困で表層的なものじゃないですからね。
人間関係の大切さ、その喜びを実感している人から見れば、怒りよりも哀れさを強く感じてしまうでしょう。
日々いろいろな局面で、価値観や考えの違う人たちとも話し合い、共同、協力して、少しでも「善くしよう」と力を尽くす。生きてる意味って、そういうところにあるんだ、と私は思っています。


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訴状全文を以前載せましたが、今日は「訴え変更申立書」というものが彼らから出されました。要は、第1回の時に裁判官から整理し直すように指摘された点と、先週こちら側から提出した準備書面の内容を踏まえて、訴状の一部を加筆・訂正してきたものです。

基本的には主張内容は変わらないようですが、こちらはまたそれに対して、次回までに認否を明らかにすることになります。


裁判官の言葉、なぐり書きのメモから少し起こしてみます。

(前回よりも)主張は若干整理されたかと思いますが、基本的には請願の趣旨が名誉棄損かどうかということでしょう。

公務員の罷免を求めることは許されているのだから、適格性がない、とすること自体は当然のこととも言えますね。
罷免を求められた方からは名誉棄損ととれるかもしれないですが、それがどこまで事実に基づく主張なのか、ということになるのでは。

要は、書かれていることから、生の事実というよりは、どう評価するかという論評に類する事案かな、と。
どういう事実を基礎にどう論評したか。脅迫的、名誉棄損的、の表現が正しいのか。正しくなくても…(聞き取れず)

紹介議員がどこまで責任負うかについては、付随的な論点かと。



その後、次回の日程を調整し、1月23日(水)15:00と決まりました。

15時40分、閉廷。8分間のデビュー戦でした。
こんなもんなんですか?と尋ねると、「いやぁ、今日は長い方だよ」と弁護士の先生。

それにしても、不慣れな私たちに比べ、向かいに座る矢野・朝木市議は、裁判が始まるまで落ち着き払っていて楽し気に見えました。
「ようこそ、マイホームグランドへ」というところでしょうか。
でも審理が始まると、先方の弁護士含めてその表情は三者三様で、大変興味深いものでした。

私たち被告3名はもちろん、傍聴者も7名ほどいらっしゃったので、また別の視点からレポートがされるかもしれません。遠路来てくださった皆さん、どうもありがとうございました。


それにしても、民事裁判って、濡れ衣であろうが言いがかりであろうが、訴えられたら応戦しないと、認めたことになって負けてしまうんです。これっておかしくないでしょうか?
たとえば以前、全く身に覚えのない嫌疑を市議会議員からかけられ突然訴えられた少年が、やむを得ず弁護士を立てて闘って着せられた汚名を晴らしたそうです。全くひどい話だと思いますが、彼の弁護士費用を濡れ衣を着せようとした市議会議員が払った、という話は聞いたことがありません。東村山で起こったことのようですが…。
世の中ごく一般の人は、突然訴えられたりしたって、弁護士費用はかかるし、なにより仕事を休んで裁判所へなんか行くことは難しいし…大変な負担になるはずです。

なんなら裁判だぞ、という空気を普段から撒き散らかしているような人物がいたら、かかわりを持たないように、と普通は思ってしまうでしょう。
世の中には裁判マニアと言われる輩もいるようですが、人と人との信頼関係が築けないなんて、なんて情けくて悲しい話なのでしょう。
そういう人物に限って、自分の気に入らない対象を無理矢理ひとつのカテゴリーでくくって片付けようとしたりして…。これまた淋しい話です。

人ってそんな一面的なレッテルで生きているわけじゃないですし、人と人との関係って、そんな貧困で表層的なものじゃないですからね。
人間関係の大切さ、その喜びを実感している人から見れば、怒りよりも哀れさを強く感じてしまうでしょう。
日々いろいろな局面で、価値観や考えの違う人たちとも話し合い、共同、協力して、少しでも「善くしよう」と力を尽くす。生きてる意味って、そういうところにあるんだ、と私は思っています。


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【2007/11/14 23:55】 | 裁判日記
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