無所属の東村山市議会議員・佐藤まさたかです。市議としての活動、考え、こぼれ話、余談、雑感…。実感ある発信を続けていきたいと思っています。
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先週土曜日(18日)は、青少年対策第四地区委員会(通称・四地区青少対)の40周年記念式典に伺いました。

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長年にわたって活動に携わってこられた方たちのご努力にまず心よりの敬意を。
40周年のキャッチフレーズとして「守ろう地域の子、つなごう地域の絆」を掲げて、41年目の歩みを踏み出されるとのこと。私自身も協力員ということで、夏の白州キャンプ等に関わらせていただいてきましたが、今後も自分のできることをしていけたらと思っています。

来賓で来られていた町田豊教育委員長がこんな挨拶をされました。
「40年前とは、NHKでオールカラー放送が始まり、カップヌードルが発売開始となり、瀬戸の花嫁や17歳が流行った年。地域では子どもたちが年齢を超えてまだ徒党を組んで遊んでいて、私は6学年ほどの差がある子ども集団の中で最年少だったので「みそっかす」と呼ばれていました。みそっかすにはいつも優しいルールがつくられていたことを思い出します。あの頃を境に、そういう子どもたちの集団が地域から見られなくなった。私が最後のみそっかすだったかもしせません」。
まさに私自身の体験、記憶とおんなじです。
日野の多摩平団地で、缶けりや蝉とり、メンコ、ビー玉、「手乗り鬼」というコマ遊び等に明け暮れていた頃を思い出します。お隣もお向かいも2人、3人、4人兄弟で、子どもの声がいつも響いていて、子どもが家の中で遊んでいたら叱られた時代でした。
昭和の香りが色濃く残っていたあの頃。

同時に、校内暴力や暴走族が身近な学校でも発生し、近所の中学校の校舎は1階の窓ガラスが全てベニヤ板になっていたことを思い出します。

昔から「ワル」はいたものだと思いますが、その中身が少しずつ変わっていったのは、社会の歪みが子どもたちに影を落としたことによるように思います。

ところで、私はどうも「青少年健全育成」とか「青少年対策」という言葉が得意ではありません。また、当市でも毎年「善行表彰」という行事もあり、それはそれで意義はわかるのですが、個人的にはあまり気乗りがしません。
各地区の委員会の活動自体は柔らかく温かく展開されている面が大きいので、殊更にこだわる必要はないのもしれませんが、「対策」とか「善行」という言葉から感じる上から目線がずっと気になっています。
そんなことを言えば、対策が一番必要な私たち大人社会だろうに…と思うのです。

名は体を表すと言います。

そろそろ「対策」の二文字に替わる別の名称を考えてもよいのではないか。
そんなことを思いながらおりました。

すると、閉会のご挨拶で実行委員長を務められた鈴木忠文さんが、こんなことをおっしゃいました。
「40周年行事を準備する中で、青少対の活動がこれからどうあったらよいのかを議論することができた。それが一番の財産ではないかと思う。いわゆる“よい子”ではない、様々な事情を抱えた子どもたちや、障害のある子どもたちとどう向き合うのか。出番をどうつくるのか。みなさんと一緒に考えていきたい」。

s120218_130556.jpg

本当にそう思います。
地区によっては、特定少数の方たちが前年と同じ内容の行事を同じようにこなすことばかりだったり、新しい方たちの参加を迷惑がるような動きがあったり、というな話も時折耳にします。
向き合う大人たちが、いつも自らの感受性や意欲が新鮮かどうかを自問しながら、子ども一人ひとりと向き合うことが大切ではないかな、と思うのです。


四中の吹奏楽部がお祝いの席に素敵な花を添えてくれました。(携帯での撮影なので画像は粗いのですが)
3月28日に所沢ミューズで行われる定期演奏会が今年も楽しみです。


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「40年前とは、NHKでオールカラー放送が始まり、カップヌードルが発売開始となり、瀬戸の花嫁や17歳が流行った年。地域では子どもたちが年齢を超えてまだ徒党を組んで遊んでいて、私は6学年ほどの差がある子ども集団の中で最年少だったので「みそっかす」と呼ばれていました。みそっかすにはいつも優しいルールがつくられていたことを思い出します。あの頃を境に、そういう子どもたちの集団が地域から見られなくなった。私が最後のみそっかすだったかもしせません」。
まさに私自身の体験、記憶とおんなじです。
日野の多摩平団地で、缶けりや蝉とり、メンコ、ビー玉、「手乗り鬼」というコマ遊び等に明け暮れていた頃を思い出します。お隣もお向かいも2人、3人、4人兄弟で、子どもの声がいつも響いていて、子どもが家の中で遊んでいたら叱られた時代でした。
昭和の香りが色濃く残っていたあの頃。

同時に、校内暴力や暴走族が身近な学校でも発生し、近所の中学校の校舎は1階の窓ガラスが全てベニヤ板になっていたことを思い出します。

昔から「ワル」はいたものだと思いますが、その中身が少しずつ変わっていったのは、社会の歪みが子どもたちに影を落としたことによるように思います。

ところで、私はどうも「青少年健全育成」とか「青少年対策」という言葉が得意ではありません。また、当市でも毎年「善行表彰」という行事もあり、それはそれで意義はわかるのですが、個人的にはあまり気乗りがしません。
各地区の委員会の活動自体は柔らかく温かく展開されている面が大きいので、殊更にこだわる必要はないのもしれませんが、「対策」とか「善行」という言葉から感じる上から目線がずっと気になっています。
そんなことを言えば、対策が一番必要な私たち大人社会だろうに…と思うのです。

名は体を表すと言います。

そろそろ「対策」の二文字に替わる別の名称を考えてもよいのではないか。
そんなことを思いながらおりました。

すると、閉会のご挨拶で実行委員長を務められた鈴木忠文さんが、こんなことをおっしゃいました。
「40周年行事を準備する中で、青少対の活動がこれからどうあったらよいのかを議論することができた。それが一番の財産ではないかと思う。いわゆる“よい子”ではない、様々な事情を抱えた子どもたちや、障害のある子どもたちとどう向き合うのか。出番をどうつくるのか。みなさんと一緒に考えていきたい」。

s120218_130556.jpg

本当にそう思います。
地区によっては、特定少数の方たちが前年と同じ内容の行事を同じようにこなすことばかりだったり、新しい方たちの参加を迷惑がるような動きがあったり、というな話も時折耳にします。
向き合う大人たちが、いつも自らの感受性や意欲が新鮮かどうかを自問しながら、子ども一人ひとりと向き合うことが大切ではないかな、と思うのです。


四中の吹奏楽部がお祝いの席に素敵な花を添えてくれました。(携帯での撮影なので画像は粗いのですが)
3月28日に所沢ミューズで行われる定期演奏会が今年も楽しみです。


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【2012/02/20 18:38】 | 子ども&子育て
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